September 29, 2023

茶道はお茶の儀式にあらず。茶会から考える、日本文化の心。

ライター:寺尾妙子

点前座(てまえざ)と呼ばれる場所には、畳の寸法を基準に、細かく定められた位置に道具が置かれる。実際、そこに座って茶を点ててみると、それぞれの道具が使いやすいよう、無駄のない動線が考え抜かれていることがわかる。旅先でお茶を点てる際に用いられる旅箪笥に見立てた<ルイ ヴィトン>のトランクも茶道の美意識に適う場所に置かれるからこそ、茶道具として成立する。同ブランドのアイコン、モノグラムは日本の家紋に通じるデザインでもあり、和の空間に自然に馴染む。

日本の伝統文化といえば、多くの人が茶道を思い浮かべるだろう。では、茶道とは何か? 簡単に言えば、亭主が客に茶を出すための作法を体系化したもの。その舞台が茶会である。茶会はある種、物語であり、亭主が定めたその日のテーマがある。そして、茶会を構成する道具はすべて、そのテーマに沿ったものが選ばれる。そう、茶席においては道具は単なるモノではなく、茶会というストーリーを物語る重要な演者なのだ。そんな茶席で使われる道具には数世紀にわたって愛用され、世代を超えて引き継がれてきたものも少なくない。今回は茶会を通じて、日本の伝統文化におけるモノ・コトがどのような形で過去から未来へと引き継がれているのかを紹介する。

歴史上、茶道の発展に大きく寄与した禅宗寺院である京都・大徳寺の塔頭(たっちゅう)では、侘び茶の祖・千利休の月命日である毎月28日に茶会が行われる。7月は戦国時代にクリスチャン大名として名を馳せた大友宗麟の菩提寺である大徳寺の瑞峯院(ずいほういん)にて、表千家流茶道講師、北澤恵子が亭主を務めた。茶会に使われる道具のテーマは「世界の宝飾品と茶道具の融合」。ニューヨーク近郊に住む北澤が自身所有の道具とともに、氏の弟子であり、元ティファニー・ジャパン代表取締役社長を務めたディメイ美代子から借りた<ティファニー>製品を茶道具に見立てて取り合わせる。

茶道では、季節やシチュエーションごとに所作や使うべき道具、その位置や扱いなどが定められている。そのせいか部外者には茶道はルールが厳格なイメージがある。だが、実は重要なポイントさえ外さなければ、かなり自由に遊べる部分も多いのが、茶道の魅力なのだ。千利休が魚籠(びく)を花入として使ったように、元々、別の用途で使われていた道具を茶道具とみなして扱う「見立て」は、特に亭主のアイデアが生きる表現方法である。

亭主として客をもてなす北澤恵子。客が5人程度の茶会では亭主が自ら、茶を点て、道具の説明をすることがほとんどだが、客の数が多い大寄せ茶会の場合、役割を分担し、亭主は道具の説明を中心に、客との会話に専念することが多い。アメリカから海を超えて、はるばる京都にやってきた北澤の熱意と、ウィットの効いたもてなしに客一同が胸を打たれた。

「茶席はひとつのアートとして世界をつくるものであり、見立てによってお客さまに驚きを感じていただくのも、もてなしのひとつ」。そんな風に語る北澤が取り合わせた道具を見てみよう。

茶道では古くから「第一の道具」とされてきた掛物には、茶会のテーマを導く言葉が書かれている。大徳寺の高僧や茶道の流儀を代表する家元が筆書きした禅語、それに次いで季節を感じさせる和歌が選ばれることが多い。だが、彼女がこの日のために選んだのは、なんと「Balance & simplicity」という英語の掛物。2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎博士によるものだ。茶道を通じて、日本文化を外国人にもわかりやすく伝えたいという北澤の熱意が伝わってくる。このようにひとつひとつの道具から亭主の意図を読み取り、その心配りに思いを寄せることが茶会の醍醐味。この行為を積み重ね、一服のお茶を味わう頃には亭主と客の心がひとつになり、その状態を「一座建立」と呼ぶ。つまり、茶会は亭主が一方的に客をもてなすものではなく、客側も茶会を創造する一員であるという自覚をもって、亭主の心を汲み取り、応じることでしか成立しない。

掛物の下方に目を移すと花が飾られている。花入はヴィンテージの<ティファニー>製、手吹きで作られたベネチアングラスの花瓶だ。さらにお茶を点てる畳の上には伝統的な時代物の風炉、釜の隣には旅先でお茶を点てる際に用いられる旅箪笥に見立てた<ルイ ヴィトン>のトラベルトランクが据えられ、水を湛えた<バカラ>のアンティークのアイスバケツが水指(みずさし)に見立てられ、中に収まっている。メインの茶碗は古くから茶人に好まれてきた、李氏朝鮮時代の高麗茶碗のなかでも、通訳を意味する「半使(はんす)」という種類に分類された一碗。

ちなみに、茶道では古くから、特に大切な道具に銘をつけて愛玩してきた歴史があり、銘(めい)がある道具が出されると「特に重要なメッセージ」となる。とりわけ、抹茶をすくう茶杓(ちゃしゃく)の銘は掛物に準ずるほどの重みをもつ。北澤がこの日使った茶杓は「旅古路茂(たびごろも)」という銘がつけられたもの。欧米から遠く海を渡り、時代を超えて伝わってきたものや、海外との交流や旅にちなんだ銘をもつ道具の取り合わせから、客はこの茶会には「旅」というテーマも隠されていたことに気づく。それは北澤が日本とアメリカを行き来する旅でもあり、ときに数世紀もの時を超えて伝わる道具の旅でもあるだろう。

数茶碗(かずじゃわん)には、北澤の故郷、奈良県の伝統工芸品である赤膚焼(あかはだやき)の作家、大塩正の作品も使われた。北澤が現在、茶人として活躍する場、ニューヨークの摩天楼の風景が絵付けされたオーダーメイドの茶碗は茶席でも話題となった。
PHOTOS: KOUTARO WASHIZAKI

ほかには北澤がこの茶会のために、特別に現代作家にオーダーした茶碗も登場した。

「古く伝わってきた道具だけでなく、今を生きる作家のものも好んで使っています。そうしないと、急速に茶道人口が減少する今、茶道具を作る人も減ってしまいます。そうなると陶磁器、金工、木工、漆芸など、日本の伝統工芸全般の質が下がってしまうからです」

道具は破損することもある。重要文化財になっていたり、美術館に収蔵されるような茶碗にも修理の跡があるものが多いが、それらは修理できる職人がいてこそ、今に伝わっている。新しいものを生み出すためにはもちろん、古いものを次世代に手渡すためにはモノだけではなく、技術をもった職人も支えなくてはならない。そのような視点で今回の取り合わせを改めて見れば、時代や産地は異なれど、どの道具にも職人の魂と技が宿っていることがわかる。あるフランスの老舗3つ星レストランのオーナーが「3つ星レストランは建築や室内装飾、器に至るまで、その土地の伝統工芸全般を守り育てるためにある」と言っていた。同様に茶道は単なるお茶の儀式にあらず。日本における物質、精神の双方にまつわる文化を守り、育て、伝えるという役割を果たしているのだ。

左/茶を点てるディメイ美代子。北澤の元に弟子入りしてまだ半年という彼女だが、この茶会で点前を初披露。流れるような美しい所作も、茶会における見どころとされる。右/茶会には北澤やディメイの友人たちも駆けつけた。茶会初体験の外国人のゲストも楽しめるよう、英語でのトークも繰り広げられ、和やかに一座建立となった。

北澤 恵子

奈良県生まれ。インテリアデザイナーからアーティストになるべく20代で渡米。アート表現の場でもある茶道に魅了され、表千家流の茶道(茶の湯)講師となる。ニュージャージー州とニューヨーク州にて、茶の湯クラスと市民茶会を開催。2010年に設立した米国表千家同門会東部地区の初代会員で、2019年より事務長。「茶の湯は日常生活の一部であるべきで、そのライフスタイルがその人の茶の湯のあり方を反映する」をモットーに、日々、茶の湯の普及に努める。

ディメイ美代子

1992年、ティファニー・アンド・カンパニー ニューヨーク本社の法人外商部に入社。ニューヨーク本社での経験を経て2021年、ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インクの代表取締役社長に就任。昨年末、ティファニーを退職。現在は<ディメイ・ラクジュエリー・コンサルティング>を立ち上げ、日本とNYで活躍中。NYのジャパン・ソサエティー女性活動イニシアチブの顧問、在日米国商工会議所Women in Business コミッティーの副会長を務めながら、茶道を学んでいる。

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