January 26, 2024

飼料高騰の時代に、米で豚を育てる。

文:井上恭介

水田を有効活用し、適地適作の米を食べて育った日本の米育ち豚、三元豚。輸入飼料の高騰と高齢化で疲弊する農家を、同時に救うのが「飼料米」だ。
PHOTOS: HIRATA FARMS CO. LTD.

「飼料の急激な値上がりに追い詰められている」という悲鳴が農家から噴出する日本で、故郷がなぜ豊かさを謳歌できないかを考え続け、まっとうな別の道を示そうとしている人物がいる。広大な山形・庄内平野でとれる「米」で栄えた北前船の港町・酒田。そこを基点に「ブタを米で育てる」という取り組みを続けてきた<平田牧場>の新田嘉七さんである。

お父さんの代から違和感にさいなまれてきた。庄内平野といえば見渡すかぎり波打つ稲穂。ところが戦後、日本中で米が余り、米価が下がるから、米をつくらないでくれ。農家を守るためという日本政府の政策で、米農家は「ヘンな十字架」を背負わされてきた。しかし、米をつくらない庄内地方が豊かになれるはずがない。

故郷の田んぼを再生したい、食料自給率をあげたいと「飼料米」に挑戦することにした。「米は人が食べるもの」とする食管法のしばりや、ブタに与えるなど「ばちあたり」という感覚などと闘いながら、なんとか始めた。すると、おおいなる発見があった。米を与えた豚の肉が、驚くほどうまかったのだ。そういえば、田んぼに落ちた米・落穂を食べたカモは、うまい。だから、おいしくなるのは当然のことではないか。共感と仲間の輪が、広がっていった。

私は新田嘉七さんと出会って15年ほどになる。担当していた経済番組にゲスト出演してもらった後、つきあいが始まった。夏休みの旅行で酒田を訪れた時、2歳だった息子も一緒に、車に乗ったまま窓越しに豚舎を見学させてもらった。息子は「ブーブー」と大興奮。夕食に同席された嘉七さんは、妻が撮った息子の「ブーブー動画」に破顔一笑。息子にしゃぶしゃぶをすすめ、腹ばいで相手をしてくれた。忘れがたい思い出になっている。

そして今、ウクライナでの戦争を引き金に、日本を襲う飼料高騰の大波。コロナ禍も相まって苦しむ畜産業者が多いと聞き、<平田牧場>に取材を申し込んだ。

2023年1月、庄内空港に降り立ち、広報の方と、日本海を眼前にのぞむ神社の前、大きな料亭だった建物に向かった。嘉七社長が、出迎えてくれた。廃屋同然だった歴史的建造物の保全と運営を引き受けたという。洋館跡にひらいた洋食店は女性客でにぎわっている。ここで試食をした後、現場の視察に向かった。

コロナ禍で激増した「自宅ご飯」を支えるため、精肉の注文に応じつづけたというミートセンター。工場長自らが案内役となり、あまりに手際よくダイナミックな説明の名調子に圧倒されたソーセージ工場。そして、会議室に集まってくれた様々な世代の女性たちに、車座で話をきいた。

「東京発の食料高騰による大混乱の報道が『遠い国での出来事』のようだ」、「豚製品には困らなくても、帰宅後の子どもの夕食を『たまにはカップラーメンで済ませたい』となると、カップラーメンは必需品。急激な値上がりはイタイ」といった意見が出された後、ブタの飼料担当の40代女性の発したことばを、思わず聞き返した。「穀物相場の変動に連日くぎづけになっている」という話だった。平田牧場の資料によれば、金華豚の肥育後期で、飼料全体に占める「米の割合」は45パーセント。三元豚で35パーセント。それでも現場は翻弄されている。だから今後数年で米の割合の大幅引き上げを急ぎたい。飼料米を日本中にもっと広げていかなければ。

女性は、もうひとつ深刻なことがあると続けた。「夏の暑さは、ブタの命にかかわるレベルだ」と顔を曇らせた。品質・肉質にこだわる<平田牧場>が守ってきた、原産地の中国・長江流域でも今や少なくなった純粋な金華豚。味はピカイチだが、体重は95キロ。暑いと食欲がさらに落ちる。気候変動は、人と同様の環境を好むブタを、年々、生きにくくしているという。

酷暑と大雨が日本を襲った2023年の梅雨明け前、再度、酒田を訪れた。40代の飼料担当の女性は、「気候変動・食料やエネルギーの高騰・戦争が続く中で、あらゆるニュースがブタ飼育の苦しみにつながっている気がする」。そして「これほどの暑さだと、ブタの体に確実に相当なダメージが残る。1年かけてやっと戻せたかなという頃、さらに暑い夏がまたくるのか」とため息をついた。「さらなる食品高騰で、『主婦へのごほうび』だった、たまのカップラーメンが、『子どものごほうび』になった」と語る30代の女性は、自社の豚肉を変わらず買ってもらいたいと、間近に迫った「50年のつきあいになる生協」の視察のための資料づくりに没頭していた。

案内を予定する施設のひとつ、建設されたばかりの新ミートセンターには、長年蓄積してきたノウハウとともに、最新の設備も導入された。目玉は、徹底的に熱を建物内に入れない「遮熱」。天井や壁、そしてカーテンに、10年前から社長自ら学んだという特殊な素材を採用。熱をためこむ「断熱」とは別次元の、酷暑に強い施設を目指すという。

食料やエネルギーの高騰。そして気候変動。日本の畜産はどう立ち向かうか。

「人」が担い、守っている最先端の現場の今を丹念に取材し、伝えていきたい、と改めて思った。

井上 恭介(いのうえ きょうすけ)

作家・テレビディレクター。1964年生まれ。東京大学卒業後、1987年、NHK入局。以降ディレクター・プロデューサーとして30余年、『NHKスペシャル』などのドキュメンタリー番組を制作、あわせて取材記を執筆してきた。現在、ジャパンタイムズが主宰する「Sustainable Japan Network」アドバイザーも務める。

今回の連載『Satoyama Capitalism 2024』では、自らが長年取材を続けてきた“お金第一主義”ではない価値観で暮らす人々を紹介する。

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