March 29, 2024

脱炭素とエネルギー確保。先んじて動く東京都。

ライター:井上理/Renews

小池百合子知事は2023年12月、UAEのCOP28の関連会合に出席。柔軟なフィルム型でビル壁面にも設置できる「ペロブスカイト太陽電池」のサンプルを手に構想を紹介し、「東京はあらゆる場所で発電できる世界初の未来都市になる」とアピールした。
COURTESY: TOKYO METROPOLITAN GOVERNMENT

環境活動のリーダーたる都市はどこなのか。世界の主要企業の気候変動対策を評価している国際非営利団体のCDPは、優れた都市を選ぶ「Cities Aリスト」も毎年、更新している。2023年11月に公表された2023年版では、調査対象となった世界939都市のうち13%にあたる119都市がAリストに選ばれた。アジアからの選出はわずか8都市。日本では唯一、東京都が3年連続でAリスト入りを果たした。これは、東京都が常に全国に先んじて行動してきた姿勢が評価された賜だ。

2015年に合意されたパリ協定では「産業革命前からの平均気温上昇の幅を2度より十分低く保ち、1.5度に抑えるよう努力する」との目標が設定された。2018年に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書は、1.5度に抑えるためには、2050年までにCO2排出量を実質ゼロにすることが必要だと示した。ここに東京都は敏感に反応した。

2019年5月、東京都は世界の大都市の責務として、2050年までにCO2排出実質ゼロに貢献する「ゼロエミッション東京」を実現すると宣言。2019年11月に同様の宣言をした神奈川県や同2020年2月宣言の京都府など、大都市を抱える都道府県が追随する格好となった。

菅義偉前首相が所信表明演説で「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と国家レベルで宣言したのは、2020年10月。東京都はその3カ月後の2021年1月、早くも次の一手を打つ。2030年までに温室効果ガス排出量(GHG)を50%削減(2000年度比)するという「カーボンハーフ」を表明。IPCCの指摘に応えた。菅前首相が、「2030年度に、温室効果ガスを2013年度から46%削減することを目指す」としたのは、そのまた3カ月後である。

「国の宣言を歓迎します。国が言うことで全国が動く」と言う環境局総務部の三浦亜希子企画担当部長は、こう続ける。「パリやロンドン、ニューヨークといった世界の大都市がどういう目標を立てているのか。米カリフォルニア州やドイツといった地域や国も含めて、意識をしているし、参考にもしている。一緒になって世界をリードしていく、というメンタルです」。

もともと東京都は2003年、隣接三県に呼びかけるかたちでディーゼル車の排ガス規制に踏み切るなど、世界に例を見ない地方主導の環境行政に積極的だった。「煤で汚れるベランダや、喘息など、環境に起因する諸問題が東京は顕在化しやすい。1400万人の住民がいる。悩まされる人々が眼の前に大勢いる。だから、早く解決に向けて動かなければならない」と三浦部長は言う。

太陽光発電でもリード

常に先んじて行動する東京都。近年で言えば、「太陽光パネルの設置義務化(ソーラーオブリゲーション)」へ踏み切ったことが、その姿勢を如実に現している。2022年9月、東京都はカーボンハーフに向け具体的で有効な施策を強化すべく、環境基本計画をアップデート。その中で、新築住宅等への太陽光発電設備の設置等を義務付ける制度の検討を明らかにした。その3カ月後の同年12月、実際に条例を改正し、2025年4月から義務化の制度が始まることになった。

これまでも都は、補助金などを活用しながら太陽光発電設備の設置を促してきた。また、屋根の高さや角度などから太陽光発電に適した建物を地図上で“見える化”する「東京ソーラー屋根台帳」などもウェブで公開している。それでも、太陽光パネルの設置に適していると思われる都内225万棟のうち、設置済みはわずか4%。思い切った施策が必要と判断した。

小規模住宅をも対象としたソーラーオブリゲーションは、米国のニューヨーク、カリフォルニア州、ドイツの各州やベルリンなどで導入が進んでいるが、国内では初。東京都に続き、川崎市も2025年4月から義務化を開始することが決まるなど、ソーラーオブリゲーションでも日本の各都市をリードする。

ただし、この施策単体での効果は限定的だ。義務化などで、都内の住宅から排出されるCO2排出量を2030年時点で43万トン削減できる見込み。都全体の排出量の約3割を占める「家庭部門」の削減目標のうち、5%程度に過ぎない。多いと見るか、少ないと見るか。

「家庭でも産業・業務でも運輸でも、これをやったら劇的にCO2排出量が減るという施策はない。0.1%減らすのも相当難儀という中、やれることを地道に積み重ねていくしかない」。三浦部長はそう覚悟を語る。家庭部門では、太陽光パネルのような「再エネ」普及のほか、「省エネ」も削減への柱に据える。

2024年4月からの新年度予算では、エアコンや冷蔵庫、照明器具といった消費電力量の多い家電や給湯器などについて、省エネ性能の高い機器への買い換え支援に100億円を投じる計画。また、断熱性や省エネ性能の高い新築住宅を普及させるための補助事業へ、新たに251億円の予算を組んだ。こうした、省エネルギーの最大化に向けた新年度の総予算は前年度費約2倍となる1315億円に。その規模からも、省エネへの都の本気度が伺える。

都全体の排出量の約5割を占める「産業・業務部門」では、オフィスビルを含む大規模事業所に対してCO2排出量の削減義務を課す、世界初の「都市型キャップ&トレード」制度を主軸に削減を積み重ねている。対象は都内約1200事業所にもおよび、2015~2019年度の第二計画期間では、85%が自らの省エネ対策等で義務を履行。残りの対象事業所もクレジット等を活用して課された削減を達成した。現在は、第三計画期間が進行中であり、2025年度からの第四計画期間では、削減義務率を50%に強化する構えだ。

国産の最新技術へも期待を寄せる。化学メーカーの積水化学工業は薄く軽いフィルム型の「ペロブスカイト太陽電池」の技術開発で先端を行く。屋根に設置することが多い従来型の太陽光パネルに比べ柔軟性や耐用性が高く、これまで設置が難しかった外壁などにも設置が可能になる画期的な新技術。東京都は、このペロブスカイト太陽電池の実用化に向けた共同研究を積水化学と行っており、2023年5月に都の下水処理施設に設置して検証を重ねている。

都心の高層ビルでは、1000kW超のメガソーラー級のペロブスカイト太陽電池を壁面に設置する世界初の民間プロジェクトも進行している。2024年度は、そうした社会実装を加速化させるための新規予算も確保し、都として中長期でバックアップしていく構えだ。いずれは、都庁も含めた都関連施設のすべての壁面が、一大発電所になるかもしれない。

東京都は交通局が運営する都営バスに、トヨタ自動車の「燃料電池バス(FCバス)」を73台導入。2024年4〜5月開催の「SusHi Tech Tokyo 2024」でも来場者の足として活躍する予定だ。
COURTESY: TOKYO METROPOLITAN GOVERNMENT

クリーンでグリーンな水素エネルギー

都全体の排出量の約2割を占める「運輸部門」では、2030年までのCO2削減率が65%と最も削減効果を見込む。運輸部門が排出するCO2のうち約8割が自動車由来。車両購入時の補助金制度や充電施設の整備などで「ZEV(Zero Emission Vehicle)化」の流れを後押しし、CO2の削減を狙う。ここまでは世界の各都市共通の施策。だが、東京都が狙うZEVとは、電気自動車(EV)だけではない。水素で動く燃料電池自動車(FCV)も含まれる。

ゼロエミッション東京の実現には、化石燃料から脱炭素エネルギーへの転換が不可欠。戦略では、再エネの基幹電源化に加え、再エネ由来のCO2フリーであるグリーン水素を本格活用し、脱炭素社会実現の柱にしていく――。

東京都は2019年にゼロエミッション東京を掲げた際から、水素エネルギーも脱炭素に向けた柱にすると明言していた。水素は、大量に長期間、貯蔵でき、再エネ電力の大量導入時の調整や、熱エネルギーの脱炭素化に向け、重要なカギとなる。無論、水素を作るのにCO2を出しては意味がない。「生成時にCO2排出ゼロ、という観点では、現状、出回っている水素エネルギーのほとんどがグレー。再エネ由来の“グリーン水素”へいかにスムーズに移行させ、普及させるかが大事」。産業・エネルギー政策部の村野哲寛 水素エネルギー推進担当課長はこう話す。

グリーン水素の確保。そのための具体的施策が動き出している。東京都は2024年度、水素エネルギーの社会実装に向けた予算案を前年度比約1.8倍の203億円と大幅に増額。大田区京浜島の都有地でグリーン水素製造施設の整備を進めるほか、水素ステーションの整備やFCV導入も強力に支援している。

予算規模は5億円と少ないものの、グリーン水素の流通を促す画期的な取り組みも2024年度に始動させる。「グリーン水素取引所」の立ち上げに向けた取り組み、および水素国際サプライチェーンの構築等に向けた海外都市等との連携強化である。壮大な構想への種まきが始まった。

欧州石油大手やドイツ政府、オランダ政府などが支援し、グリーン水素の生産や輸出入取引を推進している「H2Global財団」。東京都は、そのプロジェクトと連携し、グリーン水素取引所の立ち上げと、国際的なサプライチェーンの構築を目指す。H2Globalと連携する自治体(都市)は現状、世界で東京都のみだ。

取引所を東京に立ち上げるのか、あるいは、財団のプロジェクトへの参加権を得るのか。産業・エネルギー政策部の田中真里 水素エネルギー事業推進担当課長は、「最も効果的な方法を検討し、すべての可能性を模索していく」と話し、こう力を込めた。「脱炭素社会の実現に向け、グリーン水素は絶対に必要。全力でやっていきたい」。

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