September 27, 2024
伝統的な「西陣織」を外装に使った万博パビリオン。
2025年4月の開催まで半年に迫った大阪・関西万博。海外パビリオンの工事が遅れるなか、開幕へ向け着実に進むのが国内パビリオンの数々だ。今回の万博では、日本館や関西パビリオンといった国や自治体のパビリオンとは別に、企業・団体による13の民間パビリオンの出展が予定されている。55年前に開催された1970年の大阪万博での花形は、民間パビリオンの数々だった。当時若手建築家として期待されていた黒川紀章が設計する「東芝IHI館」や「タカラ・ビューテリオン」、美術家・横尾忠則が手掛ける「せんい館」など、注目の建築家・芸術家がデザインする近未来的かつ前衛的な建築は、多くの来場者、特に子供たちにとって、強く脳裏に焼き付いたことだろう。
来年2025年に行われる万博の中でも特に注目したいパビリオンが、住宅メーカー<飯田グループホールディングス>と<大阪公立大学>が共同出展する民間パビリオン。その理由は、なんといってもパビリオンの外壁すべてに京都の伝統的な織物、西陣織を使用していることだ。
パビリオンの設計者は、建築家・高松伸。「人間のいのちもテクノロジーも、すべては循環している」。このことを表現するために高松が生み出したのは“サステナブル・メビウス”というコンセプトだ。ご存じの通りメビウスの輪は、数学者メビウスが提示したと言われる、長方形の帯を一回ねじって、端の辺どうしを貼り合わせて得られる空間図形のこと。表裏の区別がなくなる特徴から、永遠性や循環のモチーフとして用いられることが多い。高松はこれを設計に取り入れた。「メビウスをモチーフにした複合的な三次元躯体の建造物は、世界でも類を見ないものです。全体としてはほぼ楕円形の空間になっていて、その中にすべての展示アイテムを配置します。いわば、ワンルームの立体展示です」と語る。
パビリオンの外壁には、過去と未来とをつなぐ時間軸を表現するため、1200年の歴史と技術をもつ西陣織が採用されることになった。だが、そもそも雨風にさらされ、耐久性が求められる建物の外装に織物を使用するという試み自体が前代未聞のことだ。さらに高級織物として知られる京都発祥の西陣織をパビリオンの表面積約3500㎡すべてに使用することは、コストの上でも大変な試みだろう。また、織物は基本的に平面のものだから、複雑な立体構造をもつ建築躯体に平面の織物を貼り合わせるのは至難の業だ。美しい柄が特徴の西陣織を貼り合わせる際、柄がずれてしまわないように細心の注意が必要だ。また繊細な織物の収縮にも気を配らなければならない。
外装の西陣織を手掛けるのは、元禄元年(1688年)創業の老舗<細尾>だ。従来の織物の幅は、着物の寸法に合わせ32㎝が標準だが、細尾では内装材など着物以外の需要に向けて世界標準の150㎝幅の織機を開発していた。この織機と3Dマッピングを使いながら、外装に対応した立体的な織物をつくり上げた。また、耐久性を担保するためポリエステルの糸に独自の撚りをかけ、皮膜構造のパイオニア企業<太陽工業>と共に、雨風に耐えられるよう表面にコーティングを施した西陣織の外装材を開発した。表面をコーティングした時に光沢が出過ぎて柄が単にプリントされたように見てしまう恐れがあったため、西陣織の風合いが感じられるようにする工夫も試みた。
これで、パビリオンの外観=最新技術を取り入れた伝統的な西陣織、内部空間=未来都市を支える人工光合成やウェルネススマートハウスといった先端技術の展示、と、過去・現在・未来が融合し、過去から脈々と続いてきた「いのち」が循環と輪廻、進歩を繰り返して洗練され磨かれていくことが表現されるに至った。飯田グループホールディングスによれば、万博終了後、使用した織物を住宅やオフィスの内装材として再利用することを検討しているという。既に2024年4月から西陣織の膜を外装に張る工事は始まっている。パビリオンの外装に日本の伝統的な織物を使用するという初の試みに注目していきたい。
飯田グループ×大阪公立大学共同出展館
設計:高松伸 外観のコンセプトは「サステナブル・メビウス」。特殊加工された西陣織の生地を外装に使用し、人々の“幸せに暮らしたい”という変わらない想いと、輝く「いのち」への希望を表現している。館内では、新技術や脱炭素社会に向けた新エネルギーによる健康的で快適に暮らせる「未来型住宅」や「まちづくり」の展示が計画されている。●施設概要/敷地面積:約3,500 ㎡ /階数:地下1階、地上2階 /最高高 :約12.7m /構造:骨組膜構造一部鉄骨造 /施工:清水建設株式会社 /西陣織制作:太陽工業株式会社 株式会社細尾
高松 伸
京都大学名誉教授。工学博士。アメリカ建築家協会(AIA)名誉会員。
ドイツ建築家協会(BDA)名誉会員。英国王立建築家協会(RIBA)会員。
1997年、京都大学大学院工学研究科教授就任、以降16年に渡り、京都大学で教鞭を執る。
代表作に<植田正治写真美術館><国立劇場おきなわ>、中国の<天津博物館>などがある。
https://takamatsu.co.jp/