March 28, 2025

100年前の邸宅を次世代に残す取り組み。

ライター:長井美暁

豊かな緑に囲まれた東京・九段の「kudan house」は、実業家の山口萬吉が1927年に建てた私邸を保存活用している。
3人の建築家の共同設計により建物は鉄筋コンクリート造で、当時の日本で流行したスパニッシュ様式を採り入れており、アーチやスタッコ壁、スパニッシュ瓦などにその特徴が見られる。
COURTESY: KUDAN HOUSE

皇居・北の丸公園のほど近く、東京都千代田区九段に、築98年を迎える邸宅が庭木に囲まれてひっそりと佇んでいる。現在「kudan house」と呼ばれるこの建物は、新潟県長岡市出身の実業家5代目山口萬吉の私邸として1927年に建てられたものだ。地上3階・地下1階の建物の設計には内藤多仲、木子七郎、今井兼次の3人――いずれも日本の近代建築の発展に寄与した建築家が関わり、壁式の鉄筋コンクリート造や日本で当時流行したスパニッシュ様式を採用。1945年の東京大空襲でも焼失を免れ、建築当時とほぼ変わらない姿を維持して歴史を紡いできた。地価の高い都心部では相続税が高額になることや、高層化による収益を見込んで、こういった邸宅は普通、売却され集合住宅などに建て替えられるものだが、奇跡的に残り、2018年に国の有形文化財に登録されている。

この邸宅が会員制のビジネスイノベーション拠点として再生したのも2018年だ。2016年に東邦レオ代表取締役社長に就任した吉川稔がこの邸宅と出会ったことで、「次世代に残したい」という所有者の想いが叶えられた。保存再生にあたっては、東邦レオ、東京急行電鉄(現・東急)、竹中工務店の3社が共同で所有者から建物を借り受けて改修工事を実施し、運営は東邦レオグループの<NI-WA>が担っている。

1965年に創業した東邦レオはグリーンインフラを中核事業とする会社で、緑化業界でのシェアは大きいが一般には知られていない。吉川は自社のブランド力造成のために、ラグジュアリーブランドで言うところの“旗艦店”をつくろうと考えた。吉川の考えでは、旗艦店とは売り上げや費用対効果を目指す所ではなく、「その会社の世界観を発信する場」だという。それに相応しい物件を探して最初に出会ったのがこの邸宅だった。吉川は「旗艦店ではグリーンの上位概念である“持続可能性”や“エコロジー”を発信し、その中心に“日本の美意識”を据えたい」と考えていたことから、「既存の歴史ある建物と庭をどう蘇らせて活用するかという中で、当社の創造性や目指す方向性を表現できると思いました」と話す。

スパニッシュ様式におけるパティオ(中庭)を模したタイル床の広間。階段下に噴水を設けている。大理石を用いた階段手摺の職人技も見事。
PHOTO: TAKAO OHTA

邸宅内と庭を連続的につなぐポーチ。四季折々の風情を肌で感じながら過ごすことができ、都心にいることを忘れさせる。
COURTESY: KUDAN HOUSE

この邸宅の庭は広く、樹齢200年近い老木が4本ある。家の竣工時に樹齢100年前後の木を移植したものだ。所有者はこの木も残したいと考えていたが、弱ってきていたため倒れる心配があると区から伐採を勧められていた。また、開発業者などから持ち込まれる多々の提案も、建物は残しても木は伐るというものばかりだった。

東邦レオには樹木医の資格を持つ社員がおり、その社員が4本の木を診断したところ、確かにだいぶ弱ってはいるものの、蘇生できるという見立てだった。そこで吉川は「木も良好な状態で残します」と所有者に話したが、木を残すことは無理だと方々から言われてきた所有者からすると、この提案は怪しいと、初めは全く信用されなかったという。

吉川は約束通り、その4本の老木を残して邸宅を再生した。不思議なことに、栄養剤などを与えたわけでもないのに木は息を吹き返したという。「この家は私たちが関わる直前は誰も住んでいませんでした。人が住まなくなると家は一気に傷むとよく言いますが、植物も同じで、大事にされていると分かると、それが伝わり元気になったのではないかと思います」と話す。

建物は改修工事を行ったが、それは主に設備面で、意匠面は費用が嵩んでも可能な限りオリジナルを尊重し、住み継がれるなかで改造された部屋以外は補修に留めた。現在の使用方法も建物を大切に扱うことを一番に考えており、例えば利用者は日本式に玄関で靴を脱いで家に上がる。元々土足で上がる家ではなかったことに加え、寄木細工という凝った意匠が施された床もあり、靴で上がって床に張ってある木を傷めないようにするためだ。さらに日々の建物の掃除や庭の管理などは東邦レオの社員が自ら行っている。この場所を大事にしているという心が伝わるのだろう、外来の利用者もドアの開け閉めなどの所作が丁寧だという。

PHOTO: TAKAO OHTA

吉川 稔(よしかわ・みのる)

東邦レオ株式会社代表取締役社長兼株式会社NI-WA代表取締役社長。1965年大阪生まれ。神戸大学農学部卒業後、住友信託銀行に勤務。その後、セレクトショップを運営する株式会社リステアホールディングス取締役副社長。経済産業省が進める「クール・ジャパン」の官民有識者会議に民間委員として参加したことが縁となり2012年に東邦レオグループの子会社の社外顧問に就任し、2016年から現職。

この邸宅で新たに加わった数少ないものの一つが日本庭園だ。若手の庭師に作庭の機会を提供したいという社員の希望によりつくられた。これを手がけた庭師の「日本庭園は主(あるじ)の鏡」という一言を吉川は肝に銘じている。これは庭の主(あるじ)の品格が庭の様相に表れるという意味で、「私が精進したら庭も良くなるし、庭が良くなければ私の行いに悪いところがあると気づく。人間は自然の一部であり、植物とひとつながりの世界の中に存在しています。地球環境の悪化は人間の行いが悪化しているということで、植物はそれを警告してくれているのだから、素直に受け入れて改めるべきところは改めるべきだと思っています」と語る。

「kudan house」は表に看板を掲げておらず、東邦レオをはじめ3社の名前やロゴはホームページにも出ていない。これについて吉川は、「企業が顔を出すのは品がない」と考えを述べた。土地・建物の所有者は以前と変わらず、NI-WAは所有者から20年間の定期借地権で運営している。建物を大事に使うことや近隣との調和を優先し、稼働率は最大で20%以下に抑える分、賃料を高額に設定し、短期視点ではなく、長期で投資した費用を回収できるよう事業計画を立てている。

歴史的建造物の保存活用という社会的な課題に対して一つの解答例を示しながら、自社の成長を目指す。「kudan house」はCSV(共通価値の創造)そのものだと言える。今のところ、利用者となる借り手は外資系企業が中心だが、国内企業にもこの社会性や価値の共有が広がることを吉川は願っている。

かつての応接室。アンティークの家具はこの邸宅でもともと使われていたもの。山口は芸術的な感性に優れ、家具や建具装飾にも妥協を許さなかったという。
COURTESY: KUDAN HOUSE

東邦レオ

断熱建材(黒曜石系パーライト)の製造・販売・施工をトータルに手がける会社として1965年に創業。その技術を土壌改良材や屋上緑化資材に応用し、1981年に緑化関連事業部を開設。環境分野への関心の高まりや各自治体の屋上緑化の義務化を受けて業績を拡大し、現在は緑化関連事業、外断熱事業、サスティナブル・プロデュース事業を主軸とする。

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