November 29, 2021

遺骨をめぐる長い歴史の先にーー 民族共生象徴空間「ウポポイ」を訪ねる。

ライター:塚田有那

久米設計の建築による国立アイヌ民族博物館。ポロト湖の正面に位置し、自然林の稜線と連続した建物と、展示室や収蔵空間をすべて2階に収める高床式の構造で、寒冷地の博物館としての機能を強化している。
撮影/鷲崎浩太郎

新千歳空港から車で約40分、北海道の雄大な大地を車で走り抜けると、森林に囲まれた自然豊かな湖のふもとに「ウポポイ(民族共生象徴空間)」が見えてくる。2020年、北海道白老町に開業したこの国立の文化施設は、アイヌ文化の継承を行うとともに、互いに異なる人々を尊重し合い、共生していく社会のシンボルとなることを目指した空間だ。青く透明なポロト湖をぐるりと囲む園内には、国立アイヌ民族博物館を中心に、アイヌの工芸を紹介する工房、アイヌの楽器や踊りなどの芸能を上演する体験交流ホール、また伝統的な暮らしの様子を見学できるアイヌの集落の再現エリアなど、先住民族アイヌの文化を五感で感じることのできる体験スペースを設けている。

ウポポイ(民族共生象徴空間)
北海道白老郡白老町若草町2丁目3
開園時間:9:00〜17:00(季節・曜日により異なるので要確認)
閉園⽇:⽉曜⽇(祝日または休日の場合は翌日以降の平日)および 年末年始(12⽉29⽇〜1⽉3⽇)
1日券:1200円(事前予約・日付指定制)
撮影/鷲崎浩太郎

一日かかっても見尽くせないほど豊かなコンテンツにあふれた施設だが、この施設の背景には、明治以降の同化政策や民族差別によって存立の危機に立たされてきたアイヌ文化の、新たな発展と復興への願いがある。その願いを象徴するものとして、館内の展示サインはすべてアイヌ語がメインで表記され、常設展などは「わたしたちの暮らし」「わたしたちの言葉」といったようにアイヌを主語とした展示構成になっているのが特徴だ。展示企画室室長の田村将人によれば、この展示内容やアイヌ語の表記に至るまでには、アイヌ語の研究者や各地でアイヌ語学習を実践してきた人々の膨大な研究の蓄積があると言う。「アイヌ語にはたくさんの方言があり、共通の標準語といったものがありません。そのためウポポイでは、何人もの研究者の協力を得て、各地の方言を尊重して表記するように努めています。そのほかにも合わせて8言語を併記していますが、これはアイヌに限らず、さまざまな民族が日本で暮らしているということを伝えるメッセージにもなっています」。

このウポポイにおいて、ひとつ忘れてはならない場所がある。過去に墓を掘り返され持ち出されたアイヌ民族の遺骨と副葬品を収める慰霊施設だ。メインの博物館施設からおよそ1km離れた海を見下ろす小高い丘に位置し、誰でも敷地内に入ることができる。なぜ国立の文化施設の近くに慰霊施設が必要だったのだろうか? そこにはアイヌの遺骨をめぐる歴史がある。

始まりは19世紀後半、北海道内のイギリス領事館の職員が、アイヌの集落の墓から計16体のアイヌの遺骨を無断で掘り出したことが発覚し、大きな国際問題に発展した。当時のイギリスでは形質人類学の研究が盛んで、アイヌの人骨は民族のDNAを研究するうえで貴重な資料とみなされていたことが理由だった。当然ながらこの行為は重大な犯罪として当時のイギリス職員らは日本側に厳しく処罰される。しかし、20世紀初頭、研究活動という名の下で今度は日本の大学が大々的にアイヌ民族の遺骨の収集を行うようになっていった。中心となったのは北海道大学で、20世紀中頃まで1000体を超える遺骨が掘り返され持ち出された。もちろん先祖の墓を勝手に荒らされたアイヌは何度も粘り強く抗議を続けたが、その要求が聞き入られることはほとんどなく、1985年から2001年にかけて返還された遺骨は35体だった。その後も、遺骨を管理する北海道大学は研究目的などを理由に返還要求を拒否してきたが、2007年の国連「先住民族の権利に関する国際連合宣言」以降、先住民族への国際的な関心が高まるなか、遺骨の返還が進められ、直ちに返還できない遺骨などについてはウポポイに集約され、アイヌによる慰霊が行われることとなった。

遺骨や副葬品が納められた墓所。隣には儀礼を行う慰霊行事施設と、イクパスィ(儀礼具)をモチーフとした慰霊を象徴するモニュメントがそびえ立つ。
撮影/鷲崎浩太郎

アイヌ語を中心に据え、日本語、英語、中国語、韓国語などが並ぶ展示サイン。
撮影/鷲崎浩太郎

この慰霊にも未だ課題は残っている。本来であれば、遺骨はその親族や継承者に返還されるのが常と考えられるが、これはあくまで和人的な考えで、アイヌは集落単位で故人を弔っていたため、明確な遺骨の継承者となる個人を特定することが難しい。複数のアイヌ団体による遺骨返還訴訟では長らくこの部分が争点となってきたが、昨今では個人ではなく団体への返還も認められることとなってきた。それでも直ちに返還できない遺骨に関しては、このウポポイの慰霊施設で集約し、アイヌによる慰霊の儀が執り行われることとなった。

2019年9月、ウポポイの慰霊施設が完成し、同年12月にアイヌの人々による最初の慰霊行事が行われた。未来の共生社会を訴えるウポポイにおいて、私たちはこれらの歴史から学ぶことが数多くあるだろう。

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