September 27, 2024

「きもの」をアップデートする、注目の日本人アーティスト。

By MINAMI NAKAWADA

自らデザインをしたきものを身に着け写真に納まるパフォーマンスを行う高橋理子。日本で、きものを来た女性は「女性らしい振る舞い」を周囲から求められ、本人もそのように振る舞う傾向があるが、高橋はあえて「仁王立ち」し、パソコンやスケートボードなど、和装と似つかわしくないアイテムを持ち、カメラに視線を向けている。きものが持つ凝り固まった固定観念を、ときほぐす印象的な作品だ。
© TAKAHASHIHIROKO

日本の伝統工芸である織物を、次世代へとその技術を伝え残していくということ考えた時、難しい問題に直面する。そのひとつは日本人のライフスタイルが大きく変化し、日常的に日本人が「きもの」を着なくなったため需要が大幅に減り、職人の育成や世代交代が難しい点にあるだろう。では逆に人々の視線がきものへと向かい、需要が伸びればどうだろうか? 低迷した和服の需要を高める――そんな可能性を秘めた、魅力的な「きもの」を生み出すアーティストが日本にいる。それが高橋理子だ。彼女が生み出すのは、職人の技術や和服の構造などそのセオリーを引き継ぎながらも、「正円」と「直線」のみで構成される幾何学的な模様を用いた斬新なきものである。

彼女は幼少期からファッションデザイナーとして海外へ行き活躍したいと考えていたがゆえに、日本人として自国の伝統的な衣服について知らないといけないと思ったことがきかっけで、着物づくりを学び始めたという。そこで気づいたのが、きものは構造上、素材の無駄がない、ということだった。1着につき1 反12mの反物を丸ごと使い、男物でも女物でも、小さくても大きくても、生地を切って調整するのではなく、縫い込む分量で形やサイズを変えることができ、ほどけばまた四角い布に戻すことができる。洋服の場合、身体に合わせ生地を曲線にカットするので必ず端切れ、つまり無駄な生地が発生するが、直線的な構造で身体を覆うきものは、制作する過程で無駄な生地を生まない。自分で染色して生み出した生地からシャツを仕立てた際、たくさんの端切れが生まれゴミになってしまった。そのことに心を痛めていた高橋にとって、自分が手を尽くしつくった生地が、きものであれば、すべて無駄なく合理的に使用できることは衝撃だった。

しかし彼女が目指したきものは、いわゆる「和柄」と言われる、花や鳥、伝統的な柄をあしらった伝統的なものではなかった。高橋はかつて日本で生まれた柄を素晴らしいとは思っていたものの自ら着たいといえるものではなかったからだ。彼女が追及したのは、ジェンダーレスで、日本人でも外国人でも似合うきもの、そして日本的だとか北欧的だといった地域性を感じるものではなく、普遍的で本質的なデザインのものだった。そして「正円」と「直線」といった幾何学に行きついた。

「当初は、私がデザインする柄は職人さんから嫌がられました。学生時代に私が自ら染めた幾何学模様のきものをサンプルとして持って行ったんです。それを見せて「同じものを染めてください」と職人さんにお願いしたら“こんな柄のものは見たことがないからやりたくない”とはっきりと言われました。今から考えると私が用いている正円と直線は、織物でも染物でも、歪みや滲みが目立つため技術的にも敬遠されたのだと思います」。

彼女が今一番、着物づくりを依頼しているのが、新潟県十日町の職人だ。この地は「十日町絣」といった織物や「十日町友禅」といった染物で知られ、京都に次ぐ、きものの産地として知られている。もちろん、十日町以外にも帯なら博多織、染める前の生地は京都の丹後ちりめんといったように、日本全国の産地・職人へ依頼しているという。そんな彼女の着物づくりの心の支えとなっているのが、今は亡き伝説的な日本人ファッションデザイナーが彼女にかけた言葉だ。

2020年、ロンドンにある<ジャパンハウス>での高橋理子の展覧会『RENOVATION – KIMONO&SUSTAINABILITY』。広げられた「きもの」を見てみると、1枚の布から作られるその構造と、高橋のデザインの美しさがわかる。
© TAKAHASHIHIROKO / © JOHN MACLEAN PHOTOGRAPHY

「2007年に、三宅一生さんから着物づくりを依頼されました。それは、彼が設立した東京・六本木のデザインミュージアム<21‐2デザインサイト>で行われた落語・狂言など伝統芸能のプログラムで、落語家が着るきものをつくって欲しいとのことでした。その時に三宅さんから“僕はきものを置いてきぼりにしてきてしまったから、これからのきものはあなたに託しますよ”というお言葉をいただきました。以来、私はその言葉を胸にきものと向き合ってきました」。

彼女のデザインする「きもの」は、2019年、イギリス・ロンドンにある<ヴィクトリア&アルバート>博物館に収蔵された。また、シンガポールの日本大使館(2012年)や、外務省が運営する日本文化の発信拠点である<ジャパン・ハウス・ロンドン>で展覧会(2020年)が行われるなど、海外へ向けて着物文化の発信する役割も担っている。現在、彼女の顧客は海外の人も多く、東京都内のラグジュアリーホテルに泊まっている外国人がコンシェルジュに紹介され、東京都墨田区の高橋のスタジオを訪れ「きもの」をオーダーするということがよくあるという。

「私が考えているのは、和服のアップデートです。しかし手作業できものを縫う、和裁士のような職人さんを含め、きものの生産に関わるあらゆる人たちの技術がそのまま引き継げるような“新しい和服”をつくっていきたいと考えています」

彼女が生み出す独創的で新しい「きもの」は、今までの和服にない魅力を生み出し、新たな着物LOVERを日本を含め世界中に増やしていくことだろう。

© TAKAHASHIHIROKO

© TAKAHASHIHIROKO

高橋理子

1977年、埼玉県生まれ。アーティスト。1996年、東京藝術大学美術学部工芸学科入学。2002年同大学大学院修士課程修了後、アパレル企業にデザイナーとして勤務。2003年同大学大学院博士課程後期に再入学し、2008年東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程工芸専攻染織研究領域修了。博士号(美術)取得。2021年より武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科教授も務める。2019年にイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館に作品が所蔵されるなど、彼女のデザインするきものは日本国内外から高く評価されている。
https://takahashihiroko.jp/
高橋のデザインした「きもの」や服はオンラインストアからも購入できる。https://www.hirocoledge.jp/

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