September 27, 2024
日本の伝統工芸、「織物」の未来をつくる。
京都市西陣地区で産する西陣織は約1200年の歴史を誇る高級絹織物として知られている。その主力製品は「きもの」の帯だ。だが、第二次対戦後、洋装が一般化した結果、この40年間で国内における「きもの」市場は1兆8000億円から2240億円まで減少(矢野経済研究所『きもの産業年鑑』)。それに伴い西陣織の市場規模は10分の1まで規模が縮小したという。そんななか、世界的な高級ブランドとのコラボレーションなど、きもの以外の“出口”を見出し、注目されている西陣織の企業がある。1688年に京都で創業した〈細尾〉である。その経緯はまず2018年にハーバード・ビジネス・パブリッシング(ハーバード大学の完全子会社)から「Innovating Tradition at Hosoo」というケーススタディのリポートとしても販売された。躍進のキーマンは〈細尾〉12代目として代表取締役を務める細尾真孝だろう。
2006年、細尾の父が社長を務める〈細尾〉は販路を広げるため、海外展開を模索していた。世界中から10万人の来場者が訪れるインテリアとデザインの展示会、パリの『メゾン・エ・オブジェ』に西陣織で作ったソファを出したものの、オーダーはゼロ。翌年、クッションを出し、多少のオーダーは入ったが、大赤字。そんな状況ではあったが、音楽活動やジュエリーメーカーでの勤務を経て、ビジネスの基礎を学んでいた細尾は西陣織を海外に向けて販売するという挑戦に可能性を感じ、2008年〈細尾〉に入社。海外事業担当者として「ミラノサローネ国際家具見本市」をはじめ、世界の大規模見本市に次々出展していった。そんななか同年2月のパリに続いて2009年にNYにも巡回した「kansei-Japan Design Exhibition」に出品した2本の帯が建築家ピーター・マリノの目に留まる。
「世界中の〈ディオール〉の店舗の内装に西陣織を使いたいという依頼を受けました。ただ、彼が求めてきたのは和柄ではなく抽象的なパターンを西陣織の伝統的な技術と素材で表現すること。それまで海外で勝負するには和柄じゃないと差別化ができない、ソファやクッションなどの製品じゃないと思い込んでいた私にとって、西陣織の「技術」や「素材」そのものが求められたということは大きな気づきとなりました」
京都の特産品でもある西陣織は、絹を使った先染めの紋織物。その歴史は渡来人が現在の京都に養蚕と絹織物の技術を持ち込んだ6世紀まで遡ることができ、天皇や将軍、神社仏閣などから注文を受け発展してきた。現在は法律によって紗や羅といった透かし生地や二重構造の風通など12種類の品種が西陣織に指定されている。インドや中国でも錦糸を使った豪華な織物は作られてきたが、和紙に本金や本銀などを接着し、細かく裁断して作る箔糸や螺鈿、漆を織物にできるのは世界でも西陣にしかない技術だ。
「同じく金を使っていても、糸を撚った錦糸はギラギラ反射する。一方、箔糸は面反射によるフワッとした光のリフレクションが上品なんです。マリノさんにはそこを気に入ってもらえたようです」
だが、問題があった。従来の西陣の織機では32cm幅の生地しか織れない。マリノの要望に応えるには世界の標準幅、150cm幅が必要だった。会社としてはすでに海外戦略で赤字を垂れ流している状況だったが、細尾は「やるしかない」と覚悟を決め、社長であった父の了解を得て、試行錯誤の末、1年後に150cm幅の織機を開発する。以降、〈細尾〉の海外展開は一気に飛躍。現在、世界100都市100店舗の〈ディオール〉、さらに世界60店舗の〈シャネル〉ほか、〈エルメス〉〈カルティエ〉〈ヴァンクリーフ&アーペル〉の店舗や〈ザ・リッツ・カールトンホテル〉のレストランの内装に同社の西陣織が使用されるまでになった。また、これまで西陣織の実車搭載は不可能とされていたが、自動車の素材メーカーとの協業により、耐火性のある箔を織り込んだ西陣織を開発し、2020年には内装に西陣織を用いた〈トヨタ〉レクサス「LS」も発売されるなど、年々、「きもの」以外の“出口”を広げている。その結果、会社の売上高の割合はきもの6に対して、それ以外のテキスタイル4、つまり6:4。今後は半々の割合を目指すという。
今では細尾の取り組みは多岐に渡る。アーティストとのコラボレーションなど、新しい挑戦をしつつ、伝統的なきもの・織物文化の保存や継承にも力を入れる。帯やきものの卸売業にも携わりながら、「HOSOO STUDIES」というR&D部門を立ち上げ、日本全国の染織産地のフィールドワークや古代染色や麻布、図案、養蚕などの研究を行う。さらに2019年にファッションやインテリアの自社コレクションも発表し、ライフスタイルそのものを提案する。目指すは日本の伝統工芸を軸にもつ世界的トップブランドだ。「工芸とは美しいものを作りたいという欲求そのもの」と細尾は言う。きものという形にこだわらずとも、美と技にこだわれば、伝統工芸は生き続ける。細尾の取り組みにはそんなメッセージが込められている。
細尾真孝(ほそお まさたか)
1978年、京都市生まれ。西陣織老舗〈細尾〉12代目。MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON代表理事、株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス外部技術顧問。音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカー勤務後、フィレンツェに留学。2008年、〈細尾〉に入社し、西陣織の技術を活用したテキスタイルを海外展開するほか、デヴィッド・リンチなどアーティストとのコラボレーションにも取り組む。著書に『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)がある。
細尾(ほそお)
元禄元年(1688年)、本願寺より〈細尾〉の苗字を受け、天皇、貴族、将軍、神社仏閣などからの注文に応える織物の最高級ブランド、西陣織を製作・販売する織屋として京都・西陣にて創業。1923年より、日本各地の伝統工芸品である帯・「きもの」の卸売業も並行して行う。2019年、京都・烏丸御池に「HOSOO FLAGSHIP STORE」オープン。2020年に細尾真孝が代表取締役就任。2023年、東京・八重洲ミッドタウンに「HOSOO TOKYO」をオープン。https://www.hosoo.co.jp