August 29, 2025

日本の伝統文化のなかで活躍するウクライナ出身力士。

ライター:山下めぐみ

京都の和傘屋辻倉が制作する和紙と竹で作られた番傘をさす、粋な姿の安青錦。
PHOTOS: MANAMI TAKAHASHI

真新しいIGアリーナで今年2025年7月に開催された大相撲名古屋場所。8年ぶりに誕生した日本人横綱、大の里に注目が集まったが、結果は平幕下位の琴勝峰が優勝する大波乱の場所となった。そのようななか、大関、横綱を破り、最後まで優勝争いに残る快進撃を見せたのが、ウクライナ出身の安青錦である。場所中に行われた参議院選挙では、『日本人ファースト』を掲げる参政党が躍進したが、日本古来の伝統を受け継ぐ大相撲では、半世紀以上にわたり外国人を、力士として受け入れてきた。

ダーニャの愛称で知られる安青錦の本名は、ダニーロ・ヤブグシシン。2004年ウクライナのヴィーンヌィツャ生まれの若干21歳である。6歳のときに柔道をはじめ、7歳で相撲に出会い、レスリングと並行して相撲の稽古にも励んだ。2019年には世界ジュニア相撲選手権のウクライナ代表として初来日。中量級で3位に入賞する。あどけなさが残る15歳のダーニャの強さに魅せられ、「ハロー」と声を掛けたのが、関西大学相撲部の主将(現・関西大学職員)の山中新大だった。

その後も、SNSで交流を続けた二人だが、2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻が始まる。国立大学進学も決まっていたが、18歳になると出国が認められなくなるため、ダーニャはすぐに両親のいるドイツに避難した。ただ募るのは大相撲への想いである。「今行かなかったら一生後悔する」と山中に相談すると、すぐに受け入れの準備をしてくれた。4月には来日し、山中家に下宿しながら、昼は語学学校、夜は関西大学相撲部で稽古を積み、大相撲入門を目指すことになる。

「大相撲」とは、今年で創設100年になる日本相撲協会が主催するプロの相撲興行のことである。年に6回、15日間の本場所のほか、地方巡業などの行事も執り行う。現在の力士は600人程度で、階級は6段階。日本のテレビで放映されるのは主に最上級の幕内の取り組みだ。幕内力士は横綱を筆頭に42人おり、現在そのうちの10人が外国出身の力士だ。力士は45ある相撲部屋のいずれかに所属するが、外国出身力士は1部屋につき1名という規定がある。ダーニャにとっても入門先を見つけるのは容易ではない。

大相撲は神事でもあり、靖国神社での奉納相撲は欠かせない年間行事。安青錦は関西大学相撲部から贈られた化粧廻しをしめて本殿に参拝した。奉納相撲は伊勢神宮、明治神宮でも行われる。

縁がつながったのは、創設されたばかりの安治川部屋だった。外国人力士の受け入れは考えていなかった安治川親方が、ダーニャ本人に会って「惚れた」のである。こうして、ダーニャは師匠の現役時の四股名・安美錦、ウクライナ国旗の青、それに山中さんの名前を合わせた「安青錦 新大」の四股名で大相撲デビューすることになる。大相撲に入門すると、稽古だけでなく礼儀作法も厳しく叩き込まれる。言葉だけでなく独特の風習も学ばねばならない。ダーニャは同年代の力士と寝食を共にしながら、驚くべき進歩を見せた。

初土俵は2023年9月場所。そこから安青錦は破竹の勢いで勝ち続け、番付を駆け上がった。史上最速タイの9場所で幕内に昇進したのである。大相撲は体重無差別で行われるため、大きな体格が有利となる。これまでヨーロッパ出身の力士は巨体で怪力なタイプが多かった。一方、安青錦は身長182cm、体重138キロと、決して大きくない技巧派だ。横綱や大関を相手に「内無双」など高度な技を鮮やかに決め、白星を掴んでいる。入幕後の3場所とも11勝4敗の好成績で、各場所で敢闘賞と技能賞を受賞した。

テレビインタビューには澱みない日本語で答え、着物と髷姿も板に付いた。その髷が茶髪である以外にも、実は他の力士と違う点がある。力士の丁髷は通常右曲がりだが、安青錦の髷は左曲がりなのだ。これはハワイ出身の力士、高見山が始めたスタイルで、同じくハワイ出身の小錦や武蔵丸も左曲がりを引き継いだ。この話を聞き、安青錦も左曲がりを踏襲したのである。本人は「特に大きな意味はない」と言うが、異国からやってきて相撲界で道を切り拓いた先輩力士への敬意を示すものだろう。

「土俵に金が埋まってる」とも言われるが、大相撲入門の一番の動機は裸一貫で稼ぐことだろう。ただ、プロスポーツが多様化し円安ともなれば、大相撲はほかと比べて決して割の良いスポーツとは言えない。衣食住は保証されるが、関取に昇進するまでは手当金しか出ず、前時代的な因習も多い。稽古なのか、しごきなのか、いじめなのか、線引きが難しい面もある。少子化が進むなかで大相撲を持続していくためには、課題は多い。一方、12年ぶりの海外興行として、2025年10月にはロンドン、2026年6月にはパリでの公演が予定されている。スポーツとしてだけでなく「生きる文化財」として、グローバルな人気が拡大するポテンシャルは高い。

「ここまでで全部の運を使っちゃったかもしれないけど、土俵で活躍することで、戦禍の故郷に勇気や希望が届けられたらうれしいです」。そう流暢な日本語で話す安青錦は、ウクライナからやってきてわずか3年あまりで、来場所の三役昇進を確実にした。化粧まわしは関取昇進時に関西大学相撲部から贈られたものだ。外国ルーツの人を敵視する排外主義的な風潮が拡がる昨今。山中の「ハロー」の声掛けから始まったダーニャの活躍は、私たちにも勇気と希望を与えてくれる。

靖国神社に参拝した後には、神社境内にある土俵にて取組が行われる。こちらは真剣勝負ではなくショーのようなもの。行司(左)と呼出(右)の間に立つ安青錦。手織りの絹の締込が美しい。

安青錦 新大(あおにしき あらた)

2004年ウクライナ・ヴィーンヌィツャ生まれ。7歳からレスリングと並行して相撲を始め、世界ジュニア相撲選手権3位、レスリング国内大会110kg級優勝。2022年戦禍から大相撲力士を目指して来日。安治川部屋に入門し、2023年9月に大相撲デビュー。史上最速タイのスピードで2025年3月に幕内に昇進した。敢闘賞2回、技能賞1回。

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