November 29, 2024

駿河湾で獲れたての魚を使うフレンチ。

ライター:寺尾妙子

目の前で季節によって変わる魚の具を生地で包み、こんがりと焼き上げる「泳がせ太刀魚のパイ包み焼き」。魚介でとった出汁にシェリーヴィネガーを加えて作るソースはバター不使用。まるで鰻のタレのように毎日、継ぎ足しながら作るソースは日に日にコクを増していく。
PHOTOS: TAKAO OHTA

静岡県焼津市は、駿河湾に面し、富士山を望む絶景ポイントがいくつもあり、温泉もある。だが、正直な話、多くのインバウンドを呼び込むには他の近隣都市に比べややインパクトに欠ける。そのようななか、希望の光となっているのがガストロノミーなレストランの存在だ。

2年前に「Destination Restaurants 2022」を受賞した〈茶懐石 温石〉をはじめ、ここ10年ほど、次々、市内のレストランが注目を浴び、その結果、国内外のフーディーズがこの地を訪れるようになっている。その中心人物が地元で家族5代にわたって鮮魚店を営む〈サスエ前田魚店〉前田尚毅である。

「20年前に、いいレストランを3軒つくれば町おこしができると考えたんです。そこで意欲のある料理人と手を組み、魚種や調理法の提案などをする一方、漁師にも処理法を変えてもらうなどして、魚の品質を上げています」と前田は語る。

静岡(フレンチ)
馳走 西健一
静岡県焼津市西小川4-8-9 Tel: 054-625-8818
https://www.instagram.com/chisou_nishikenichi/

その結果、今や〈サスエ前田魚店〉とタッグを組むガストロノミーなレストランは焼津市及び、近郊で6軒まで増えた。今年「Destination Restaurants 2024」に選ばれた〈馳走 西健一〉もそのひとつである。店主、西健一と前田の出会いは、西がフランスでの修業を終え、魚の扱いを本格的に学ぶために故郷、広島市の日本料理店で修業していた時代に遡る。焼津から広島まで、発泡スチロールの箱で届けられた魚の美しさ、状態のよさに衝撃を受けたという。その後、独立し、2019年に広島市でフランス料理〈馳走2924〉をオープンし、その1年後から満を持して〈サスエ前田魚店〉の魚を使い始めた。ちなみに瀬戸内海に面する広島市は当然ながら、良質の魚が揚がる街として全国的にも有名だ。

「それでも前田さんの魚の代名詞であるモチウマカツオをはじめ、食感といい旨みといい、〈サスエ前田魚店〉から送られる魚は段違いにおいしいんです」

だが、焼津市での水揚げから広島に到着するまでに1日半はかかるため、若干、鮮度が損なわれる。駿河湾で朝揚がった魚をその日に使いたい。そんな思いが募り、まだコロナ禍の真っ最中であるにもかかわらず、西は焼津に移住。2022年6月、〈サスエ前田魚店〉から徒歩3分の場所にフランス料理〈馳走 西健一〉を開いた。外観は和風建築。奥には中庭があり、手前にはオープンキッチンのカウンターが8席。料理は昼夜10〜11品のおまかせコース¥16,500(税込)のみ。そのうち8品は魚が主役だ。獲ってから水槽で泳がせて元気になった“泳がせのアジ”を山椒オイルと醤油でマリネした前菜は、言うなれば、西の解釈による刺身。厚みのある身をナイフで切って口に運べば、一般的な刺身とは違う感動がある。また、形や温度が異なる12種類の氷を使い分けて冷やすことで、保水性を高めたエボダイを大白胡麻油で揚げたフリットは驚くほどジューシーだ。

今、全国の有名レストランで前田の魚は登場するが、やはり地元での味わいは格別。それを確認するためだけでも焼津市を訪れる価値はあるのだ。

西健一(にし けんいち)

1980年、広島市生まれ。20歳で広島市内の飲食店でのアルバイトから料理の道へ。その後、フレンチ風洋食店を経て、27歳で上京し、都内のレストランでフランス料理の基礎を学ぶ。32歳のときに渡仏し、パリで修業。33歳で広島市に帰り、日本料理〈馳走 啐啄一十〉で働きながら、魚の扱いを身につける。2019年、広島市で独立。フランス料理〈馳走2924〉オープン。2022年、静岡県焼津市に移住し、〈馳走 西健一〉オープン。

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