December 26, 2025
【オステリア シンチェリータ】困難を乗り越えて生まれた温泉地にあるイタリアン。

PHOTOS: TAKAO OHTA
山形県の赤湯温泉は、温泉宿が11軒あるが一般的な温泉街とは異なり一見住宅地のような雰囲気である。そんな一角に3棟のみのオーベルジュ『オステリア・シンチェリータ』は佇んでいる。このオーベルジュは温泉旅館『山形座 瀧波』の別館として2023年4月にオープンした。しかし、そこには苦難から立ち上がる老舗旅館の物語があった。
元々、『瀧波』は創業から100年以上の歴史をもつ温泉旅館だったが、2011年に起きた東日本大震災の影響で経営難に陥り、民事再生を申請するに至った。その際、新潟県『里山十帖』(「Destination Restaurants 2022」受賞)を手がけた岩佐十良をクリエイティブ・ディレクターとして迎え、2017年8月に旅館『山形座 瀧波』として復活を果たす。その6年後に、かつて旅館の大浴場であった場所を利用して建てられたのがオーベルジュ『オステリア・シンチェリータ』であり、そのレストランである『スタンザ デラ シンチェリータ』なのだ。食事だけの利用はディナーコース¥33,000。1泊2食で利用する場合は¥77,000〜¥110,000となっている。
シェフ、原田誠はここに来るまで新潟県三条市でイタリアン・レストラン『イル リポーゾ』のオーナーシェフとして腕を振るい、高い評価を得ていた。開店10年の節目に東京進出を計画していたが、コロナ禍で断念。そこに『オステリア・シンチェリータ』の話が舞い込んだという。


2023年4月にオープンした山形県置賜地方にある、3室のみのオーベルジュ温泉旅館『オステリア・シンチェリータ』内のレストラン『スタンザ デラ シンチェリータ』。シェフの原田誠は山形牛をはじめ、土地で育った食材で作る料理で注目を集めている。
山形県(イタリアン)
オステリア・シンチェリータ
山形県南陽市赤湯3005
Tel:0238-43-7800
https://osteria-sincerita.com
「コロナ禍で、ということもありましたが、話が進むうちに東京で料理を作ることに違和感が出てきて、やはり地方で仕事をしたいと思うようになりました。そんな折にお話をいただき、赤湯行きを決めました」と原田は語る。
所変われば、料理も変わる。新潟県と山形県は隣接し合うが、食文化がかなり異なる。今や郷土料理をアレンジする手法はガストロノミーでは定番となっており、原田も赤湯を包摂する置賜盆地に伝わる料理からインスピレーションを得ることが多い。ナスやキュウリなどの夏野菜を細かく刻んで昆布と合わせた「だし」を冬野菜でアレンジし、リゾットと合わせたり、芋煮を新潟県の「のっぺ汁」風にあっさりめに仕上げて朝食に出すなど、原田が作る料理はイタリアンと言っても、かなり日本料理、それも山形料理のニュアンスが強い。なかでも原田が胸を打たれたのは江戸時代に名君と謳われた米沢藩主・上杉治憲が広めた、厳しい環境下で生き抜くための食文化だ。飢饉の際の救荒食物として、食べられる雑草などを推奨したという「かてもの」や冬のタンパク源を確保するために、城内のお堀で育てたのが始まりとされる鯉などが形を変えてコースに登場する。
「新潟も鯉の産地ですが、観賞用の錦鯉がメイン。このエリアではかつて家に池を作り、鯉を飼っていましたし、現在ではスーパーマーケットでも普通に売られているくらい、鯉をよく食べるんです」と原田は言う。
原田の手にかかれば、華やかな一品としてゲストを楽しませる鯉にも、そんな歴史が背景にある。この宿を訪れたら、飢饉や戦争、災害を乗り越えて生きる山形県の人々の知恵と活力に触れられるはずだ。

原田誠(はらだ まこと)
1973年新潟県三条市にある食堂の3代目として生まれる。10年以上、和食店で腕を磨いた後、イタリア料理の道へ。西麻布『アルポルト』で3年間の修業を経て、2010年、三条市にて『イル リポーゾ』をオープン。2021年、同店を締めて山形県南陽市赤湯の温泉旅館『山形座 瀧波』シェフ就任。2023年4月、同旅館の別館として誕生した『オステリア・シンチェリータ』内のレストラン『スタンザ デラ シンチェリータ』シェフ就任。





