October 24, 2025
【レストラン カム】観光資源のない郊外で地元支持を集める名店。

PHOTOS: TAKAO OHTA
経済的低迷を続ける日本では“日本人のガストロノミー・レストラン離れ”の傾向が続いている。実際、ジャパンタイムズが選出する「Destination Restaurants」でも、ほとんどの店で年々、インバウンド客の割合は増加し店の売り上げを支えている状況だ。また、日本人でも地方のレストランに脚を運ぶのは、東京を中心とする関東、関西の大都市からのゲストだ。そんななか、開店直後こそ、東京からの客が半分以上を占めていたものの、現在では地元客が増え、今では県内からの客が8割近くを占めるまでにいたったという一軒がある。2021年4月、首都圏のベッドタウン、埼玉県川口市にオープンした『レストラン カム』だ。
店があるのは、新宿駅からは電車を乗り継ぎ約40分の東川口駅から徒歩10分ほどの新興住宅地。観光資源は当然ない。郊外の住宅地だ。オーナーシェフ、本岡将は語る。
「以前、シェフを務めていた静岡県富士宮市にあった『レストラン ビオス』もファーム・レストランでした。農作業もやりながら料理を作ることで、同じ野菜でも旬のものだけでなく、早めに採ったもの、ひねたものなど、いろんな状態の野菜を生かすやり方に目覚めました。そうした経験から、都会でレストランをやるつもりは最初からありませんでした」。

レストラン カム
埼玉県川口市戸塚3-1-13
Tel: 080-4623-0829
Instagram: @restaurant_kam_1130
兵庫県で生まれ育った本岡がレストランを開く場所として選んだのは、造園業を営んでいた、妻の亡き祖父が残した築70年弱の一軒家。日本の伝統工芸の技が光る欄間や建具も美しく、庭では畑もできる。春夏は葉物野菜に豆類など。秋は里芋やカボチャなど根菜類と、年間を通して約30種類の野菜と同じく30種類のハーブを栽培。また春のベリー類に始まり、柑橘やイチジクなど12種の果物も育てている。
そんな畑の実りが前菜からデザートの主役、はたまた脇役となってコースを彩る。リゾットには夏の名残りのトウモロコシ、昆布締めにしたボタンエビを添えた野菜のムースにはニラの花というように、本岡はその日その時に採れた野菜や果物をガストロノミーなひと皿に仕立て上げる。
「今も『レストラン ビオス』オーナー、松木一浩さんに言われた『野菜の一生をテーブルで表現できたらいいね』という言葉を大切にしています」と本岡は言う。
今どき、非常に満足度の高い内容でコース¥16,500という価格はリーズナブルと言える。「東京に食べに行くよりここで」と、年に何度も訪れる地元民が増えるのも納得だ。店の賃料も高騰する都心や集客に苦心する地方ではなく、人口が多い東京のベッドタウンでのレストラン開業は、今後のトレンドになるかもしれない。

本岡将(もとおか まさし)
1993年兵庫県加古川市生まれ。東京の調理性専門学校卒業後、アルバイト先の地元・加古川市のフランス菓子店のシェフに感化され、渡欧。フランスやスペイン・バスク地方のレストランで修業し、帰国。2017年、23歳で静岡県の有機農業レストラン『レストラン ビオス』シェフ就任、2020年5月末の同店閉店まで勤め上げる。2021年4月末、妻の祖父が埼玉県川口市に所持していた古民家を利用し、『レストラン カム』オープン。





