June 20, 2018
良好な漁業事業モデルを目指して〜石野水産の石野智恵さん(広島県呉市)
石野水産は、広島県呉市、鹿島の南西の端にある、漁業、加工、販売を手がける企業である。広島湾に浮かぶこの島は、本州と四国に挟まれた瀬戸内海に面している。
石野水産は、乾燥させたイワシの稚魚、つまり、ちりめんじゃこを専門としており、1930年に創業してから90年近い歴史を持つ。しかし、商品をおろしに出すのではなく、包装も市場調査も販売も自社で手がけ、直接消費者に商品を届けるようになったのは、数年前に石野智恵さん(37)が事業に参画するようになってからだ。
石野さんは石野水産を経営する一家の娘で、地元の高等専門学校で物流やプログラミングを学んだ後、長野県の信州大学で経済学を専攻した。
39もの都道府県が海に面している日本にあって、長野県は海のない8県のうちの一つだ。「ふるさととは全く違う場所に行きたかったんです。だから海の無い長野を選びました」と石野さんは言う。
石野さんはパチンコホールの設備メーカーに就職し、数年間一生懸命働いた後、コンサルティング会社に転職。安定した収入があり、順調にキャリアップしていた彼女は、都会で働く女性の成功例だった。
石野さんにとっては、大企業よりも中小企業と付き合う方が、より深く、幅広く関わることができ、努力が分かりやすい形で結果に表れるため、やりがいが感じられた。
小規模事業に特化した創業期にあるコンサルティング会社で働き始めて3年目、彼女は結婚を決めた。これをきっかけに、地元に帰り、新しい家庭を築きながら石野水産を手伝うことになった。しかし、それ以前からすでに彼女は種まきを始めていたのだ。
長年にわたり、石野水産のちりめんじゃこはすべておろし売りされていたため、まずは自分たちの商品に対する消費者の反応はどのようなものかを知ることから始めなければならなかった。そのために石野さんは休みを利用して月に一度は東京へ足を運び、ちりめんじゃこの店頭販売をしていたのだ。
この経験を通して、石野さんは消費者に認知される可能性が充分にある商品だということも分かったが、同時に課題も見えてきた。
「商品には自信があったんです。だから、どうにかしてひと口食べさせなきゃ、と考えたんです」と石野さんは話す。
そのためには、まず売り場を通り過ぎていく人たちの興味を引くことが必要だった。
「透明なカップにちりめんじゃこを山盛りにしたんです。そして声をかけて、味見をしてもらうんです」と石野さんは言う。そして、「2、3時間で100キロを販売したこともありました」と。
新しいことを始めるにあたって、苦労したこともあった。それまで市場へのおろし売りしかしていなかったため、パッケージやパンフレットなどを作る必要に迫られたことなどなかったのだ。
しかしそれでも、家業を旧態依然とした方法で続けるよりもずっと良かった。
「市場におろすと自分の商品に自分で値付けができないんです。品質に関係なく、供給量によって市場が価格を決めます」と石野さんは話す。そして、「大漁だと値段は下がる。これではやりがいがないと感じました」と。
「子供に誇れる仕事をしたい、というのは、故郷に戻った理由の一つですし」と石野さんは言葉を続けた。
地方にあるすばらしい資源を下の世代に引き継ぐ努力おこたることは、「未来の搾取」だと彼女は考える。
「親が放棄したような場所に誰も住みたいなんて思わないですよね」と石野さんは言う。
石野水産では、瀬戸内海を旅する高級クルーズ船、ガンツウの乗客の見学受け入れも最近始めた。
「観光客として扱うのではなく、われわれが誇りにしている自然の恵みを分け合いたい友人として迎えています」と石野さんは語った。