October 16, 2023

【帝人】高齢化が進む社会で高まるヘルスケア事業の重要性

Naohiko Moriyama | HIROMICHI MATONO

合成繊維メーカーとして知られる帝人だが、主に医薬品と在宅医療の2つの柱をもつヘルスケア事業は将来を見据えた時に一筋の光になるかもしれない。それは高齢化が進む社会における事業の潜在成長力があり、人々や社会のために企業が働く力の源にもなるからだ。

帝人の長期ビジョンである「未来の社会を支える会社」は、帝人の2大事業の一つであるマテリアル部門だけに向けたものではなく、もう一つのヘルスケア部門にも向けたものでもあり「より支えを必要とする患者、家族、地域社会の課題を解決する会社」と詳細化されている。そしてこのビジョンは、帝人が収益性の改善策を実行している現在も変わることはない。

「これはサステナビリティにつながる長期ビジョンだと思っています」と帝人の森山直彦・取締役専務執行役員は経営共創基盤(IGPI)の木村尚敬パートナーとのインタビューの中で述べた。

100年以上続く帝人の歴史は、1918年の創業から始まった。まず化学繊維レーヨンの製造技術を日本で初めて確立し、その後合成繊維メーカーとして成長した。1970年代には事業の多角化を進め、今日ではマテリアル部門でアラミド、樹脂、炭素繊維等の素材を幅広く扱い、ヘルスケア部門では医薬品の製造・販売を行う医薬事業や、家庭で患者が使用する医療機器と必要なサービスを提供する在宅医療事業を展開している。特に、在宅医療の分野ではパイオニアとして市場を開拓してきた。

森山氏は、人々を支え社会に貢献するヘルスケア事業の重要性を強調する。「ヘルスケアというのは非常にシンプルで、人のための事業です。つまり人を助け、人の生活を豊かにし、病気から立ち直っていただく。そして、元気に社会生活を送っていただくために仕事をしているということです」

さらに森山氏は、ヘルスケア事業は医療機器やサービスの利用者のためだけにあるのではなく、帝人の社員が成長する機会にもなっていると話す。在宅医療では患者や医療従事者に接する機会が比較的多く、帝人が提供した医療機器やサービスに対して感謝の言葉を受けることがあったという。

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「ありがとうございます、と一言言われるだけで素直に嬉しいですよね。そういう風に人のためになることを実感することは、自分自身のやる気につながることが多い。人に役立っていると感じる機会を増やすことが、社員と共に成長するという企業理念につながるのだろうと思っています」

帝人の歴史を辿ると、時にマテリアル部門での研究がヘルスケア事業に繋がることもあった。

帝人は1950年代にすでに高分子化学を応用した素材の開発を始めていた。1970年代には産業用酸素富化膜を開発し、その薄膜を使って1979年に酸素富化器の試作機第一号を製作した。1982年には日本初の医療用膜型酸素濃縮装置を発売、在宅酸素療法(HOT)市場に参入を果たした。その後HOT事業で国内トップシェアを構築することになる。

今日、帝人は400人以上の専門職員を擁し24時間体制で患者ケアを行っている。ヘルスケア事業の営業職員は1,000人以上。2022年時点、国内外で50万人以上の患者の在宅医療を支えている。

「これはマテリアルの発明がヘルスケアに繋がった例です」と森山氏は語る。

帝人の酸素濃縮器は、在宅ケアのサービスと共に、患者の需要に応えるだけではなく、生活の質(QOL)や生存率の向上に役立っている。帝人がHOT市場に参入した際、肺結核後遺症を患う患者は入院生活を強いられる場合が多かったため、治療の場を病院から在宅に移すことのできるHOT事業の潜在需要は大きいものだった。さらに、高齢化が進むにつれ慢性閉塞性肺疾患(COPD)による呼吸不全の患者数が増加し、HOTの需要拡大に繋がっていったと森山氏は説明する。

1985年に在宅酸素療法が保険適用されたことや、帝人が基本的には販売代理店を経由せずに全国に直接販売店網を広げ、なるべく多くの患者の声を直接聴くようにしたこともHOTの普及に繋がった。

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1991年には、帝人は患者の自宅に設置した酸素濃縮器のモニタリングシステムを開発し、機器の状態を遠隔監視することを可能にした。

さらに帝人は、睡眠時無呼吸症候群の患者用の持続陽圧呼吸療法(CPAP)用機器を導入し、この市場でもトップシェアを確立している。

しかし、人々と社会のために働くことは、必ずしも高収益を直接もたらすわけではない。さらに、HOTサービス等のビジネスモデルは、労働力不足の中では労働コストの上昇にも晒される。そのため、機器のコストダウンやサービスの創意工夫を継続的に行ってきており、

患者宅での機器情報の遠隔監視システムを事業開始早期から導入したのもその一例である。

帝人の2023年3月期における営業利益は前年度比70.9%減少の129億円となり、減益の理由として、マテリアル部門における労働力不足、欧米における生産トラブル、中国経済減速などの影響で204億円の営業赤字を計上したことおよび、ヘルスケア部門で主力医薬品に対して後発品が参入し売上が大きく減少したことを挙げた。

この結果を受け帝人は2023年度は収益改革を最優先するとして改善策を発表した。この改善策では、アラミド事業や複合成形材料事業で今期の営業利益を300億円以上改善することを目指して具体策に取り組み、成果が認められない場合には不採算事業について事業継続の是非を判断するとした。一方でヘルスケア部門では2026年3月期までに固定費を50億円削減するという対策も含まれているが、成長の方向性を見直し、国内市場でトップシェアを誇る在宅医療事業で培った医療従事者や患者との信頼関係、患者をサポートするコールセンターや訪問看護などの事業基盤を、より支援を必要とする患者の多い希少疾患・難病領域等の医薬品事業にも活かすとしている。

森山氏によると、社会課題解決のための貢献に重点を置いた事業は、時に収益との両立という視点で社内で批判を受けることもあったという。「しかし、社会の課題や困りごとに向き合い人々に寄り添うという遺伝子は帝人には受け継がれていると思います」と森山氏は述べ、社会にとって重要な事業に取り組むDNAが社内に存在していると語った。

持続可能な社会のために事業を行う理由は、一つは従業員の成長のためであり、また社会・医師・病院と長期的な信頼関係を築くためでもあるという。「ROIC(投下資本利益率)経営も大切にしていますが、患者さんや社会のためになることも大切にしていきたいと私は思っています。そこに社会的価値が認められるならば、それが中長期的に企業価値に繋がると考えています。」と森山氏は話した。


Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner

患者のため、社会のため、会社のために、未来の社会を支える

帝人グループにおかれては、「未来の社会を支える会社」を目指す姿として掲げ、ヘルスケア分野においては、“人のために”をビジョンとし、様々な領域において未来の社会を支える事業を展開されています。とりわけ在宅酸素療法については、1982年に日本初の医療用機器を発売、以来業界のリーダー企業として多くの患者様のQOL向上や生存率改善に貢献されておられます。今でこそ在宅での酸素療法は一般的になりつつありますが、当時は様々な規制や慣習といったものがあり立ち上げには相当ご苦労されたとのことですが、社員一丸となって“患者様のために”粘り強くイノベーションを起こしてこられました。当事業は機器だけでなく、実際の現場で患者ケアにあたる多くの社員も抱えたフルラインの事業展開です。単に収益だけを考えれば他のやり方もあったでしょうが、それでは「儲けは取れてもやりがいは取れない」と森山氏が力強く語るように、まさに患者様や社会、そして働く社員も含めたサステナブルな経営モデルを構築されておられます。ヘルスケア領域については日本は課題先進国ですが、今後も当社から多くの“人のために”が創出されていくことでしょう。

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