July 26, 2021
100年前の木に触れる この夏、古民家の暮らしを体感する旅へ。
日本各地を旅すれば、そこかしこに木造で瓦屋根という家を見つけることができる。これらは今、「古民家」と呼ばれ、近年人気を集めるようになっている。古民家における明確な定義はないが、主に100~200年くらい前に建てられた木造の家のことを指す場合が多い。古民家の魅力は、第一に天井や床、柱など家の随所に天然の木が使われていることだ。長い年月を経た樹木の風合いは味わい深く、おだやかな温もりに包まれる。また高温多湿の日本において通気性を良くするため、仕切りは薄い障子紙で区切られ、庭や外の空間との隔たりが少ないのも特徴だ。特に「縁側」と呼ばれる庭に面した廊下は、室内と屋外をつなぐゆるやかな境界であり、この場所が空間に不思議な奥行きをもたらしてくれる。縁側に腰をかければ、周囲から鳥や虫の声が響き、家が自然の一部として存在してきたことがわかるだろう。
そんな古民家の暮らしを体感できる宿がいま続々と増えている。古い建物を現代のスタイルに合わせて改修し、1棟貸し切りや限られた客室数で、宿泊客へ提供する。新しく建物を建てるのではなく、古い建物を改装して使い続けることは実にサスティナブルだ。そして、従来の旅館やホテルとも異なり、まるでその家に暮らすかのような体験が可能になっている。今回は全国から厳選した3軒の古民家をリノベーションした宿を紹介。それぞれ土地の風土や歴史に沿った、唯一無二の家と出合うことができるだろう。
ニッポニアホテル 大洲 城下町
街全体がひとつのホテルに城下町の歴史を旅するプライベートな体験を。
東京から飛行機で2時間半。四国の西端に位置する愛媛県大洲市は、「伊予の小京都」とも呼ばれ、かつては多くの武将を輩出した風情ある城下町だ。2020年夏にオープンしたばかりの「Nipponia Hotel Ozu Castle Town」は、町内に点在する古民家や町家を「分散型ホテル」として展開し、街をまるごとひとつの宿と見立てるコンセプトを提案している。それぞれ大洲で隆盛を極めた武家や豪商たちの元邸宅は贅沢な宿へとリノベーションされ、まるでタイムスリップしたかのごとく土地の歴史を体感することができる。ひとつは今から約100年前の大正時代に建てられた旧藩主の元邸宅で、西洋風のモダンな装飾が随所に融合した格式の高い近代和式建築を堪能できる。同じく大正時代の建築であり、地元の大商人の邸宅だった宿泊棟は、プライベート空間を贅沢に楽しめる中庭が特徴。庭をぐるりと囲む木造の廊下(縁側)にのんびり腰かければ、古い木の香りに包まれる。さらには重要文化財である大洲城の一角に宿泊できるという「CASTLE STAY」というコースもある。城内への宿泊は日本初の試みであり、貸し切りのプライベート空間でかつての城主気分を思う存分味わうのも一興だ。
暮らす宿 他郷阿部家
家を通じて、暮らしを知る200年前の生活に思いを馳せる旅。
400年の歴史を持つ銀鉱山として、2007年に世界遺産に登録された島根県太田市の石見銀山。このすぐそばに、古くからの日本の景観や暮らしを伝える宿「Iwami-Ginzan Kurasu Yado」がある。日本語の「Kurasu(暮らす)」という名の通り、小さな町の一軒家に暮らすかのようにくつろげるアットホームな宿だ。2軒ある宿のうち、1789年に建てられた武家屋敷「他郷阿部家」は廃墟同然だった状態から10年以上かけて再生し、2008年から営業を続けている。かまどや石鉢など古い時代の生活道具も丁寧に復元して使われており、食事の時間になれば宿泊者全員で知らない者同士が同じテーブルを囲み、地元で採れた旬の食材を使った四季折々の家庭料理を楽しめる。もう1軒の同じく武家屋敷を改修した「只今加藤家」は長期にわたってこの地に暮らす体験もできる(※現在、長期滞在者がいるため予約を停止している)。
Azumi Setoda
数寄屋造りの思想にふれる自然と共存し続ける建築へ。
おだやかな瀬戸内海に浮かぶ生口島(Ikuchi-Island)の瀬戸田町。今は「しまなみ海道」という橋で本州と四国につながる、広島県尾道市に属する小さな町だ。豊かな自然に恵まれ、製塩業や漁業で栄えたこの地には、17世紀から交易事業を拡大させた堀内家という豪商がいた。今年3月にオープンした「Azumi Setoda」はその堀内家が住まう邸宅を宿へと改修した宿泊施設だ。元の邸宅の建設は1876年、選りすぐりの材料や職人たち全国をから集めて建てられた豪勢な建築だ。それを日本の伝統的な「数寄屋造り」を専門とする建築家、三浦史朗によって、木造の柱、障子など様々な部分を残しながら、現代的な空間へと改修している。館内には複数箇所に中庭があり、庭に生える木々や石の位置なども入念に計算して設計されている。中庭に面した客室や通路からはいつでも木漏れ日が差し込み、瀬戸内の光や潮風を体全身で感じることができるだろう。