July 29, 2022
青森県むつ市、海と山の資源をつなぐ「漁師の森」
山の豊富な森林から生み出される栄養源(ミネラル)は、川をつたって海へと流れていく。そうした海と山の資源の循環を持続させるべく、水産業に関わる漁師たちが自ら山に植樹をする「漁師の森」が、青森県むつ市で続けられている。
本州最北部、400年前の江戸時代からナマコの産地として知られ、豊富な水産資源に恵まれていたむつ市。現在はホタテの養殖が盛んである。そんなむつ市で植林活動が始まったのはいまから20年ほど前のこと。当時から活動を続けてきた、むつ市脇野沢農業振興公社の二本柳茂氏に話を聞いた。
「ホタテの飼料は植物性プランクトンで、海に供給される栄養塩が美味しさの決め手にもなります。むつ市の面積の8割は森林ですが、森の木々から葉が落ちて腐葉土となり、降雨や雪解け水によって地中に染み出した天然の水は、川を伝って海へと流れていきます。この水は、有機物やミネラルを豊富に含んでいて、ホタテの飼料源となるんです」
栄養を豊富に含んだ腐葉土は、針葉樹林よりも広葉樹林のほうが育まれやすいという。しかし日本では、1950年代後半から1970年代頃の高度経済成長期において、建材として利用しやすいスギを日本全国で大量に植えた時期があった。針葉樹であるスギは、成長速度は早いが、林地では多様な有機物が育ちにくいという側面もある。それ以降、ホタテの密殖などもあり、海水が栄養不足となったためか、ホタテがあまり大きく育たなくなった。そうした背景から始められたのが山での植樹活動だ。
「森をつくるまでには長い時間がかかります。約20年前に一度始まった植樹活動も一時は途絶えていましたが、昨今の温暖化に伴って海水温が上昇するなどして、養殖ホタテにも大きな影響があったんです。そこで、長い時間をかけても山の上流から栄養源を供給していく重要性が叫ばれ、2018年から植樹活動が再スタートしました」
また近年は、海中のホタテを陸揚げするときにネットに付着してしまう小さな貝などを堆肥化し、植樹林の肥料として再活用する動きもあるという。
「海から一度陸に揚げたものを、もう一度海に戻すのは法律で禁止されています。しかしそれらの残留物は処理も大変で、廃棄物を焼却するのに相当のコストがかかっていました。そうした養殖残渣を家畜の糞と混ぜて堆肥化することに成功し、現在は農家も活用しています」
山の資源と、海の資源を互いに循環させるシステムが築き上げられている。長年活動を続けてきたという二本柳氏だが、次世代にはどのように引き継いでいくのだろうか。
「年に一度、一斉に植樹を行うのですが、主催は地元の漁業協組合、次いで森林組合や近所の子供たちが参加しています。漁業協組合の会長は20年前から取り組んでいましたが、現在は同組合の青年部長も参加し、次の世代に継承されはじめています。豊かな自然資源を持続させるためにも、人間たちでできることを続けていきたいですね」