December 22, 2023

瀬戸内で日本の禅と食文化に出合う旅

By MAIKO NOMA

瀬戸内の美しい海と島々、年月を積み重ねた歴史文化が自慢の広島県尾道・福山。心満される日本の「禅(ZEN)」、豊かな風土に育まれた精進フレンチ(精進料理の考え方をベースにしたフランス料理)に出合う旅“ONOMICHI KOMERU Gourmet&Culture Tour”へ案内しよう。

尾道から瀬戸内海の美しい景色を見ながら向かった旅のメイン舞台は、福山市の山間にある禅寺「神勝寺 禅と庭のミュージアム」。禅(ZEN)は国内外で徐々に知られる存在になってきたが、写経などの体験だけでなく、日本の禅宗のあり方を五感のすべてを使って「鑑賞」できるのがここである。

約7万坪の敷地には、山陽道から瀬戸内一帯に生い茂る松を多用して設計された社務所「松堂」をはじめ、復元された千利休の茶室、修行道場に必須とされた浴室などが点在し、その建物の間を結ぶように日本庭園が配されている。目をギョロッとさせた達磨の絵で知られる白隠禅師の禅画・墨蹟の常設展示館もあり、アートをきっかけに禅にもふれられる。

江戸時代後期の禅道場において英語で説法しているのはドイツ出身の慈頼和尚だ。座禅を組みながら彼の語りに耳を傾けていると、時間と環境、世界の境が曖昧になり、すべてが調和した空間にスリップした感覚に陥るから不思議だ。

また、禅と庭のミュージアムの象徴といえるのが、アートパビリオン<洸庭>である。船をモチーフにした建物を巨大な柱で支え、下にひいた石を海に見立てたという、現在アートの視点から禅を表現した施設だ。中に一歩足を踏み入れると、暗闇で波が揺らめくインスタレーションが待っている。微かな光を感じながら水面に動く波動をただ眺める瞑想の時間は、どこか心が求めていた無の世界を垣間見せてくれる。外に出ると急に現実に引き戻されるが、周囲の自然の鮮やかさ、凛とした空気感がより刺激的に感じられる。

2023年、日本のインバウンドは著しく回復した。日本政府は、訪日外国人客の誘致による消費拡大を地域創生にも資する成長戦略として位置づけている。ただ、訪日客のニーズは依然として東京、京都、大阪をはじめとするトップデスティネーション、円安によるショッピング需要に集中しており、オーバーツーリズム、地方誘客促進が課題となっている。政府も様々な補助事業を実施しているが、日本のローカルの発信力が弱いのも事実である。

Shōjin French cuisine
PHOTOS: KOMERU

Jirai, a monk from Germany, gives sermons on Zen in English.
PHOTOS: KOMERU

こうしたなか、今回の“ONOMICHI KOMERU Gourmet&Culture Tour”を企画したのが、全国を自ら旅行し、自然を感じ、食べ歩き、事業者と信頼関係を築くシリアルアントレプレナーの楠見さん。そして映像・写真分野をプロデュースするのは、女優として活躍するとともに、小京都・金沢で米粉パンケーキカフェを経営するMEGUMIさんだ。「日本には伝えたい場所がたくさんある。伝統文化と食を通じ、ローカルの元気を創りたい」と力を込める楠見さん。MEGUMIさんも「瀬戸内をはじめとした日本の食文化は、安全性はもちろん、盛り付けなど美の視点からも世界に伝える魅力があります」と話す。

そんな2人がプロデュースした旅のクライマックスが、神勝寺にある築350年以上の堂宇・含空院でいただく精進フレンチ(精進料理の考え方をベースにしたフランス料理)だ。含空院はふだん茶房として利用されているが、この日限り、フレンチレストランとして生まれ変わった。塵ひとつない畳敷きの上に、上品な白いクロスが敷かれたテーブルが設えられ、目の前にはライトアップされた庭園。まるで晩餐会のようで、これまでに体験したことのない圧倒的な非日常を感じさせられる。

料理を手がけたのは、フランスの農事功労章シュヴァリエを受章した加茂健シェフ。瀬戸内産のビーツ、旬の和栗など、一流シェフと地元の生産者が手を取り合い、伝統的なフレンチをベースに和のエッセンスを取り入れたフルコースはまさに贅の極みだ。チーズや乳製品を一切使用せず、豆乳と麹、塩、レモン、にんにくでシンプルに仕上げたグルテンフリーのリゾットなど、様々な食習慣への配慮もうれしい。金沢の特別栽培米を利用した米粉パンケーキミックスを使うフランスの地方菓子ファーブルトンも身体に優しくおいしい。各種ワインや日本酒、ノンアルコールのお茶のスパークリングといったベストなペアリングも最高な夜を演出してくれる。

そして、圧巻はメインの茄子のステーキだ。ラタトゥイユをのせた茄子のステーキには、麹を使ったひよこ豆のペーストと、赤味噌とオレンジのソースが添えられている。すべて野菜と果物で仕上げられているのに、圧倒的な食べ応えと満足感。しかも、翌日にはすっきりと消化され、身も心も軽い朝を迎えることができる。加茂シェフは「新鮮な野菜、果物を中心に、米、豆、そして日本の発酵文化である麹、味噌のエッセンスも味わっていただきたいと考えました」と話す。

禅の教えでは、日常の実践のすべてに覚醒の契機があるという。一椀の茶を喫し、床に掛けられた墨跡と向き合い、庭園を歩き、浴室で心身の垢を洗い流し、命をつなぐ食を見つめ直す。五感が共鳴して生み出される唯一無二の時間が、この旅にはあった。

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