October 25, 2024
熟成酒の伝統を掘り起こし、 日本酒の未来をつくる。
《熟と燗》
東京都千代田区三番町7-16 三番町ビル1F・B1
☎️080-8015-5274
14:00〜20:00 火曜・水曜休み
https://sakematured.com/
丹念に育てられた米と清冽な水、米麹で作られる日本酒は、秋に収穫された米を冬に仕込み、1月〜3月にかけて出荷される寒造りという製法が主流である。そのフレッシュな味わいは料理とともに楽しむ食中酒として親しまれてきた。だが、その日本酒をワインやウイスキーのように、蔵元で適切な温度管理のもとで長期熟成させて、熟成酒としてまったく別の日本酒文化を世界へ向け広めようとしている人物がいる。元ボストン・コンサルティング・グループ日本代表を務め、現在熟成酒専門の販売店でバーも併設する《熟と燗》代表取締役会長の御立尚資だ。
「日本酒を熟成させるというと驚かれる方も多いのですが、江戸時代から明治時代初期頃まで熟成させた日本酒は普通に流通していました。文献にもそれが残っていて、熟成酒を重宝する伝統が長く存在していたことが分かります。明治中期に酒税法が変わって、製造された瞬間から税金がかかるようになったため、寝かしている余裕が酒蔵になくなり、熟成日本酒の文化が廃れていきました」。
海外やインバウンド旅行者の間で人気が高まっている日本酒だが、国内市場は低迷している。2000年には1兆円余あった売り上げは2023年には約4500億円までに落ち込む。そのような中で10年ほど前から“付加価値のある日本酒”という課題に取り組んできた御立は、熟成酒の持つ無限のポテンシャルに注目する。
「熟成酒に明確な定義はありませんが、私たちは適切な環境で時間の経過とともに熟成し、複雑で奥行きのある味わいに変化した日本酒という捉え方をしています。熟成酒の作り方には二つの方法があります。ひとつは、日本酒1種類を、じっくりと熟成させるビンテージ熟成。もうひとつが、5年以上の熟成酒をいくつかブレンドして作るもの。こちらは製造年や原酒による違いがわかっていないと上手くできずバランスをとるのが難しくはありますが、反面複雑性に富んだ魅力ある熟成酒を作ることができます」。
熟成酒の個性は、「累積温度」と「精米歩合」で出来上がると御立は語る。熟成する温度が5度なのか、15度なのかで同じ年月寝かせても、全く別物になる。一般的には熟成期間中の累積温度が高いと、熟成が進む。米の精米具合では、米を削れば削るほどピュアな澱粉に近づきアミノ酸などの成分がなくなり複雑味が出にくくなる。50〜60%くらい残してあれば、色々な有機酸が複雑な味わいになっていく。つまり、熟成の価値と旨みが深まるためには、精米しすぎないで仕込んだ日本酒の方が適しているのだ。
「熟成のさせ方は蔵によって様々。その中から、熟成酒に対して明確な哲学がある蔵と共同して《熟と燗》オリジナルの熟成酒も作っています。糖とアミノ酸でメイラード反応がゆっくりと進み、透明に近かった日本酒は褐色へと変わっていきます。精米度合いと保管温度のバランスの中で、心地よい風味というものを作っていく技術を持っている蔵がいくつもあり、熟成酒専門でやっている蔵もあります。そんな蔵の熟成酒を《熟と燗》の社長でバーマスターでもある上野信弘と一緒に追求しています」。
《熟と燗》のバーで使うグラスは、リムの部分が外に反っているものばかり。ワイングラスはワインが面で口中に入ってくるが、この反ったリムであれば熟成酒が線で入ってくるため、味わいがより鮮明になると上野は解説する。上野が注いでくれた「達磨正宗OVER 5 Years」は、《熟と燗》オリジナル。岐阜の白木恒助商店が作る達磨正宗の数ある熟成酒の中から、熟成6年ものをベースに、優れたビンテージのみをセレクトしてアッサンブラージュした銘品。旨み、甘み、香りのバランスがよく、舌の上を通る一筋にうっとりとする。
熟成酒はいろいろな温度帯で楽しめるのも面白い。たとえば京丹後市の木村酒造が作る“玉川 自然仕込 純米酒(山廃)ビンテージ2018”は、自然仕込みの純米酒を3年以上熟成させたものだが、常温ではナッツのような香ばしさと出汁のような旨みが口中に広がる。それを40℃前後のぬる燗にすれば、コクと香ばしさがまろやかになって、旨みがクリアに立ち上がるようになり、同じ酒とは思えない味わいの違いだ。
《熟と燗》はオンラインストアも展開しているが、そこでは初心者も選びやすいように、上野をはじめとした4人の専門家の試飲チームが、味のタイプと食前食中食後など飲むシーンを詳細に解説している。バイアスのかからない評価にするため、上野以外の3人は《熟と燗》とは独立したメンバーになっている。
「ワインの世界では、専門家のテイスティングによる批評・評論文化が定着しています。熟成酒がこれまで伸び悩んでいる理由のひとつとして、この部分の文化が未熟であることが挙げられます。熟成酒は、お酒の状態の良し悪しが飲むまでわからないため不安だと言う声が多いので、安心して選んでいただけるよう、複数のテイスターの評価を載せて、批評・評論文化を定着させるべく取り組んでいます」と御立は語る。
熟成酒専門のバーを経営していた上野は、まさに熟成酒のプロフェッショナル。熟成酒の協会である一般社団法人「刻SAKE協会」の立ち上げの中心的役割を担った常任理事でもある。御立と上野の2人が目指すのは、時間軸を用いた高付加価値作りと、熟成酒のブランド化だ。きちんとした品質の中での個性とバラエティを評価する基準を作り、熟成酒文化の価値創造と振興をミッションに、世界に通じる熟成酒の文化づくりを5席しかない小さな店から強く発信している。
御立尚資(みたち・たかし)
《熟と燗》代表取締役会長。1957年生まれ。ハーバード大学経営大学院にてMBA(Baker Scholor)取得。ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)入社後2005年から2015年まで日本代表、2006年から2013年までグローバル経営会議メンバー。現在は、文化と次世代支援をテーマとし、大原美術館理事、京都大学特別教授などを務める。日本の文化を広める活動の一環として2023年6月に《熟と燗》をオープン。