August 26, 2022

【鎌倉 北じま】鎌倉に食の歴史を新たに刻む。

By TAEKO TERAO

ふっくらと炭火で焼き上げたクエ。鱗をとって、素揚げした皮の部分、米酢を煮詰めたソース、揚げたネギと白髪ネギ、唐辛子を添えた一品。 | PHOTOS: KOUTAROU WASHIZAKI

「鎌倉 北じま」は歴史ある寺院が点在する一画にある。古民家を再利用した店内は数寄屋の仕事がなされ、カウンターの土壁には店主、北嶋靖憲が自ら前庭で育て、生けた花が飾られる。

北嶋は日本料理の名門「和久傳」グループで腕を磨いた16年間、京都でさまざまなことを学んだ。料理やもてなしについてはもちろん、伝統的な節句、うつわなどを含む、日本の美意識について。

「ただ、鎌倉で独立するにあたって、京料理を作るつもりはありませんでした。鎌倉でしか作れないものじゃないと意味がないので」

とはいえ、修業先を辞めた直後、具体的な方向性は決まっていなかった。だが、よりよい素材を探し求めた。地元に限らず、他県でも評判の生産者や仕入れ先があれば、積極的にコンタクトをとった。そんななか、全国でもその名を知られる神奈川・横須賀の魚仲買人、長谷川大樹と出会った。

「長谷川さんが選ぶ魚は市場の箱物とは別次元。地元でもあり、この魚を主役にしようと決めました」

Kanagawa (Japanese)
鎌倉 北じま
神奈川県鎌倉市大町4-3-18
Tel:0467-73-7320
営業時間は18時~。不定休
料理は22,000円~のコースのみ。※ランチは貸し切りのみ利用可(一人22,000円~)
カウンター席8席のみ。 https://www.kamakura-kitajima.jp

長谷川のベースは、まだ生きている魚を売買する活魚市場。相模湾に面した長井漁港だ。そこで魚にストレスを与えないよう、神経〆で処理をする。すると雑味がなく、魚本来のクリアな味わいになる。力強い味方を得て、2021年5月「鎌倉 北じま」を開いた。

地元の魚は同じ魚種でも、京都で使われるものとは別物だった。

「たとえば、鱧。関西で好まれる淡路産と違って、こちらで獲れるものはイカを餌にしているので、風味が異なるんです」

そんな鱧を北嶋はすり身にし、三浦半島産の玉ねぎと合わせて煮物椀に仕上げる。ムダをできる限り省き、素材の持ち味を全面に引き出す、北嶋の味だ。

料理は魚の仕入れ値によって価格が変動するというおまかせコース(22,000円〜)のみ。突き出し代わりのひと口寿司、造り、煮物椀、焼き物、揚げ物と相模湾の海の幸があの手、この手と華々しく登場する。

造りで供される赤ハタは“突きもの”。

「生存競争を勝ち抜く魚は、いいエサを求めて上に行きます。ハタは水深20mくらいの浅いところにいるものがいいのですが、それを獲るための漁法、頭をひと突きする“ヘッドショット”で仕留めたものが一番おいしいんです」

長谷川からは魚とともに、その魚がなぜおいしいのか、という知識も仕入れる。

コースに華を添える炭火焼きのクエもまた、突き物だ。時代物の鎌倉彫の火鉢がカウンターに置かれ、その日の湿度や気温によって、炭を加減しつつ焼かれたクエは、口に運べば意外なほどフワッとして、噛むほどに濃く深く、旨味の濃度を増していく。

日を追うごとに地魚愛が強まる北嶋は、鎌倉名物のしらすは使わない。

「年々、魚が獲れなくなっている現状で、小魚のエサ、つまり海の魚の素となる、しらすを使いたくないんです。僕にできることは限られています。でも、日本料理の要である魚を未来の料理人にも使ってもらうために、何かできることがあれば。また、鎌倉は歴史ある街ですが、京都と比べるとまだまだ発信力が足りません。食を通して街の魅力を発信し、さらに新しい文化を作っていけたらいいですね」

北嶋靖憲(きたじま やすのり)

1982年東京生まれ、2歳より神奈川・鎌倉で育つ。鎌倉の日本料理店で2年間修業。京都の名店を食べ歩いたなかで感動した「和久傳」グループに入社し、各店で研鑽を積み、同グループ「丹」の料理長を任されるなどして16年間勤め上げ、2020年6月に退社。2021年5月31日に「鎌倉 北じま」をオープン。鎌倉の風土にこだわった世界観を創出する。


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