September 26, 2025

金沢の町家を利用した都市型ワイナリー。

ライター:寺尾妙子

全国で唯一、年間を通して室温が10度に保たれたワイナリー。仕込みから発酵、熟成まで同じ温度で行うため、品質を安定させやすい。

今や日本のワイナリーは、北海道から沖縄まで約500軒を数え、インバウンドを含む観光の目玉としてワインツーリズムに力を入れる自治体も多い。だが、その多くは主要駅から離れているため、電車やバスを乗り継いで行く必要がある。またタクシーでは高額な料金がかかり、レンタカーなら運転手はワインを飲むことができないのが難点だ。でも、もし、主要駅から歩いて行けるワイナリーがあったら? そんな発想から生まれたのが〈金沢ワイナリー〉だ。

場所は石川県のJR金沢駅から車で10分、徒歩でも20分ほどの街の中心部。金沢に来た観光客の多くが訪れる近江町市場のすぐそばにある。しかも、その建物は金沢市に街の歴史、伝統及び文化を伝える建築物と認められた大正時代に建てられた「金澤町家」。いかにも城下町らしい佇まいの木造建築の1階で、ワインを醸造しているとは誰も思わないだろう。〈金沢ワイナリー〉代表取締役であり、醸造責任者でもある井村辰二郎に話を聞いた。

ぶどうを仕込んだ後、浮いてきた皮を鎮める作業を行う、〈金沢ワイナリー〉代表取締役であり醸造責任者でもある井村。2025年は粒が小さく糖度が高いブドウができたため、いい仕上がりが期待できる。
PHOTOS: HARUKO NAKAMOTO

金沢市で生まれ育った井村は大学卒業後、故郷金沢の広告代理店に入社、1997年に脱サラして就農。有機栽培で穀物・野菜を作り始めた。2002年には自社農場で作る有機農産物を主原料とする加工品の製造や販売を行う法人を設立。主に耕作放棄地を再利用し、金沢郊外や奥能登に位置する日本最大規模の広大な農地(約180ha)で、米や穀類、そして、ブドウを育てている。都市型ワイナリーは畑を持たず、契約農家からブドウを買って醸造のみ行う施設が多いが、〈金沢ワイナリー〉は自家畑と契約農家のブドウを使ってワインを造っている。

「10年以上前、能登を活性化するために、ワイナリーを作ることにしたんです。能登には米も麦も育てにくい痩せた傾斜地のなかに、実はブルゴーニュに近い珪藻土の土壌があります。また、自社農場や古民家民宿も運営していたので、この土地を活用できないか考えました。そこで事業計画を立てたのですが、経営的に黒字にできる目算が立たない。そんな折、2013年に大阪の中心市街地に醸造所ができたことを知りました。調べてみるとパリやNYにも都市型ワイナリーができていて、だったら、金沢でもできるのではと思い、物件を探しました」

金沢の街の中心部にある〈金沢ワイナリー〉でのワイン造り。低音でゆっくり発酵するワインはピュアでやさしい味わいになる。

当初は醸造用タンクの重量も考慮し、地下のある低層ビルを想定していたが、思うような物件は見つからない。そんななか、東京で言えば、日本橋のような場所、つまり江戸時代にもっとも栄えていたエリアで現在も風情が残る金沢市尾張町の町家を提案され、購入。2017年に〈金沢ワイナリー〉を設立した。

金沢ワイナリー
ワイナリーは応相談で見学も可能。
石川県金沢市尾張町1-9-9
Tel:076-221-8818
Website: https://k-wine.jp

「自分で図面を書いて、中は柱を残してフルリノベーションしました。もともと町家が好きということもありますし、金沢には部屋の設えも含めておもてなしをする伝統があります。ここを入口にして〈金沢ワイナリー〉を知ってもらい、能登に足を延ばしてもらうきっかけにしてもらえたらと考えました」。

井村はワイン造りを富山県氷見市のワイナリー〈セイズファーム〉に通って学び、自らブドウを醸している。町家の1階の醸造所では石川県産ブドウを100%用い、年間6000リットル(1万2千本)のワインを6〜8銘柄生産し、2階のフレンチレストランで石川県産食材や有機野菜を使った料理とともに自家ワインをグラスやペアリングなどで提供する。

町屋の1階に〈金沢ワイナリー〉があり、その2階には、レストラン『A la ferme de Shinjiro』がある。

「コロナ禍も大変でしたが、2024年の能登半島地震ではブドウ畑に地割れも起き、残念ながら農家の人たちも土地を離れました。いろいろと大変ですが、それでもワイン造りに集中して、ワインのアイデンティティを確立していきたいですね」

ちなみに、現在、このワイナリーだけが、日本で唯一、金沢の名所である兼六園の八重桜からとった桜酵母を使ったワインを造っている。本来は、石川県工業試験場が10年ほど前に「石川県らしい日本酒造り」のために開発した天然酵母だが、それをワインに転用した形で、ほか、ビールもすでに造られている。井村は今後は全銘柄、この酵母を採用したオーガニックワインに切り替えていきたいという。金沢らしさ全開のワインが、熟していくのはこれからだ。

左から〈金沢ワイナリー〉のフラッグシップ、井村の母の名前を冠した〈MIEKOキャンベルアーリー2023 スパークリン〉¥4,180は自社農場で栽培した金沢産有機ブドウを、兼六園の八重桜の花びらから採取した酵母で醸造。日本固有品種をブレンドした〈MARIAGE 加賀マスカットベリーA 能登ヤマソーヴィニョン レッド 2020〉¥3,520。奥能登産ブドウで造る白と赤は〈OKU-NOTO シャルドネ 2022〉¥4,180、〈OKU-NOTO メルロー 2022〉¥4,180。

井村辰二郎(いむら しんじろう)

1964年、石川県金沢市にある米作り農家に生まれる。明治大学農学部を卒業後、地元金沢の広告代理店勤務。そこを脱サラし1997 年より⾦沢市で新規就農。2002年、自社農場の有機農産物を主原料とし、加工品の製造や販売も行う(株)金沢大地を設立。2017年、グループ会社(株)金沢ワイナリーを設立。2008年 アグリフードEXPO輝く経営大賞(西日本エリア)はじめ、受賞多数。公益社団法人日本農業法人協会副会長理事。

Subscribe to our newsletter

You can unsubscribe at any time.

PREMIUM MEMBERSHIPS

1-month plan or Annual plan 20% off!

Premium membership allows members to Advance registration for seminars and events.
And Unlimited access to Japanese versions of articles.

CHOOSE YOUR PLAN

Subscribe to our newsletter