August 29, 2024

【大和証券】人的資本重視の改革を推進する

Hiroko Nakata Contributing writer

HIROMICHI MATONO

※本記事の内容は田代桂子氏への取材を実施した2023年4月時点のもの

常態化した長時間労働を是正するため、大和証券が全社員の19時前退社を決めたのは2007年のことだった。当時は、サステナビリティ経営という概念は一般的に浸透しておらず、2019年に政府が「働き方改革関連法」を施行するずっと前の話だった。

「当時は『働き方改革』という言葉をあまり聞かない時代でしたが、当社は19時前退社の励行を始めました。」大和証券グループ本社執行役副社長の田代桂子氏はインタビューの中でこう述べた。

当時の日本の労働環境を考えると、人的資本を重要視したこの取り組みは証券業界では先進的なものだったと言える。言うまでもなく、日本企業における長時間労働の慣行は、世界的に見ても異質のものとして認識されてきた。特にかつての証券業界における残業の過酷さは度々語られてきた。

このような労働環境の中、大和証券は、全社員の19時前退社を決定した。

この改革は、当時の鈴木茂晴社長によって進められた。他にも、2005年、鈴木氏は女性活躍推進チームを立ち上げ、2008年にはワーク・ライフ・バランス推進室を設置した。2009年には田代氏を含む女性4名が執行役員に就任した。2021年度には同社の女性役員比率は28.6%になり、2018年度の14.3%から徐々に上昇している。

「今で言うと当たり前のものを、当時は社員を巻き込んで始めていたのです。それが、当社がワーク・ライフ・バランスやダイバーシティの観点で進んだ経営が出来ているきっかけになったのだと思います。皆を巻き込んで『ジブンゴト』化して行おうというのは、その時からずっと続いている精神です」と、経営共創基盤の木村尚敬パートナーとのインタビューの中で田代氏は語る。

Deputy President Keiko Tashiro | HIROMICHI MATONO

2021年に、大和証券グループ本社は長期的な行動指針として「2030Vision」を作成した。「貯蓄からSDGsへ」をキーワードに、「資金循環の仕組みづくりを通じたSDGsの実現」に取り組むものだ。これは「信頼の構築」「人材の重視」「社会への貢献」「健全な利益の確保」の柱からなる企業理念が礎となっている。

日本社会がたどってきた歩みを振り返ると、かつての長時間労働の慣行は家族と過ごす時間の減少につながってきた。そうしたライフスタイルは、子供を育てながら働く女性にとって重圧になり、出生率の低下にもつながってきた。2019年に、ついに政府は「働き方改革関連法」を成立させることになる。

大和証券グループでは、子育てをする社員に向けた施策も充実させている。例えば、ベビーシッター・サービスや家事代行サービスを利用する社員に会社から補助金を提供している。しかし、家事代行サービスの利用はまだまだ少なく、これは家事を代行してもらうことへの心理的な抵抗感があることが理由としてあげられるのだという。

「まだまだ制度だけを作っても使われないものが沢山あります」と田代氏。だからこそ、精神的な壁を取り除くようにすることも重要だと話す。

日本の証券業界は過去数十年の間に度々危機的状況に直面してきた。日本経済がバブル期を迎え、日経平均株価は1989年に38,915円87銭の高値を記録したが、大和証券を含む「四大証券」と呼ばれた企業のうち山一證券が1997年に破綻し、1990年代から始まった金融市場の規制緩和により国内競争が激しくなる。2008年にはリーマンショックが国際金融市場に打撃を与えた。

短期間での収益を求める傾向にあった証券業界において、何故、大和証券グループは長期的な視野を持つようになったのかと問われると、田代氏はCSR(企業の社会的責任)の世界的な流れとワクチン債への関わりをきっかけとして挙げた。

2008年、大和証券は予防接種のための国際金融ファシリティであるIFFImが発行した個人向けワクチン債を国内で初めて引受・販売した。このワクチン債は、世界の最貧国70か国で子供のためのワクチン接種を進めるための資金調達を加速するものだ。

大和証券グループは子供の貧困問題解決に向けた活動にも取り組んでいる。政府の統計によると、日本では7人に1人の子供が貧困状態にある。子供の貧困率は、1965年に10.9%だったが1980年代から上昇を続けており、長期的にみると国力に影響を与えかねない。

「子供の貧困問題は、(中田誠司)社長(当時)が昔から取り組んでいる課題です。私どものメインビジネスである証券業は、市場経済の恩恵を受けております。一方で、資本主義は格差を生むことにつながり、それが全てではありませんが、格差のゆがみが子供の貧困の一因になっていることも事実です。したがって、我々の収益の一部を子供の貧困問題のために振り向けるのは当然のことだと考えています」と田代氏は話す。

HIROMICHI MATONO

Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner

2021年度に「2030Vision」を掲げ、多くの社会課題解決に取り組む同社であるが、実はかなり前からサステナビリティを意識した事業活動を展開している企業だ。債券投資を通じて、開発途上国の子供たちにワクチンを提供するというワクチン債を2000 2008年に発行販売したり、近年でも「こどもの未来プロジェクト」として、貧困・格差の問題に対し、子どもたちの環境改善や貧困の連鎖を防止することに注力されている。「ビジネスで格差を広げてはいけない。しっかりと社会全体へ還元していくことも大事なことだ」と田代氏は同社の貢献意識を語る。今回の「2030Vision」をベースとしたSDGsブックレットにおいても、多くの社員を巻き込みながらみんなで考え、更にそれらを事業活動の指標として現場に落とし込み、皆がジブンゴトとして捉えられるようにされている。事業の付加価値の源泉である人材に関しても、かなり早くから働き方改革に着手し、ジョブ型への移行で社内流動性を高めたりなどを実践、「年次などの抵抗感のない」組織文化を目指している。「2030Vision」達成を超え、更に長期的・持続的なサステナブル経営が、経営陣の視野には入っているはずだ。

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