October 25, 2024

“高付加価値化”こそ、日本酒の生きる道。

ライター:寺尾妙子

「30年以上前から永平寺町にオーベルジュを作りたかった」と語る<黒龍酒造>代表取締役・八代目蔵元の水野直人。

日本産のウイスキーが世界から注目され値段も高騰しているが、日本酒もこのウイスキーのように、あるいは高級ワインの代名詞であるロマネ・コンティに肩を並べるようなものが誕生するかもしれない。既に現在、国内外で数十万円で取引される日本酒も出てきている。今回、取材した水野直人が代表取締役・八代目蔵元を務める福井県〈黒龍酒造〉は、そんなニュー・ドメーヌ・ロマネ・コンティと目される酒蔵のひとつだ。

〈黒龍酒造〉は文化元年(1804年)に酒造業を始め、今年、創業220年を迎える。九つの頭をもつ龍が現れたという伝説をもち、古くは「黒龍川」とも呼ばれた九頭竜川のやわらかな水と米で醸す酒は非常に質が高く、日本酒愛好家にとって“特別な酒”として、長く珍重されてきた。ちなみに2016年に発表された、ワイン評論家、ロバート・M・パーカーJr.による日本酒版パーカーポイントで同蔵の720mlで6千円程度の日本酒が92点を獲得したが、その酒はあくまでフレッシュな状態でなるべく早めに飲むように造られた純米大吟醸。実は一般的な日本酒の賞味期限は1年しかない。このため、熟成により味わいや希少性や付加価値がつくワインと違って、安い値段でしか流通してこなかった。同蔵で30年ほど前に登場した720mlでおよそ1万円のものが日本酒としてはほぼ最高ランクの価格という状況が長く続いていた。

「そこでもっと日本酒の価値を高めるために、生産年をつけて、長期熟成に耐えるワインのようなものを造ることにしたのです。米の選定から造り方など、研究を重ね、0度以下、ギリギリ凍らない温度帯での氷温熟成で純米大吟醸原酒を寝かせることで、芳醇でありながら雑味がなく、余韻の長い日本酒を造ることに成功しました」。そう水野は語る。その日本酒が現在“幻”扱いされている「無二」だ。現在、市場価格は約15〜50万円超で推移している。

これだけではない。1990年に家業である〈黒龍酒造〉に入社してから、水野は社長であった父、正人と共にずっと改革に取り組んできた。ひとつは働き方の改革だ。

スパークリング日本酒を貯蔵するセラー。

龍のオブジェは女優であり陶芸家である結城美栄子の作品。

PHOTOS: TAKAO OHTA

黒龍酒造(こくりゅうしゅぞう)

文化元年(1804年)、水野家の先祖にあたる石田屋二左衛門が石田屋本家より分家し、現・永平寺松岡春日にて酒造業を創業。酒蔵の九頭竜川の古名「黒龍川」にちなむ「黒龍」銘柄の酒で知られ、1980年代以降の地酒ブーム、大吟醸ブームの立役者となった。2018年リリースの熟成日本酒「無二」をはじめ、創業時から受け継いできた技術に最新技術を融合させて造る、(新感覚をトル⇒)新感覚の日本酒が常に話題を呼んでいる。
https://www.kokuryu.co.jp/

「それまでは季節労働者だった日本酒の醸造を行う職人、杜氏を1995年に社員化しました。また、私が入社した当時は職人が同じ場所に雑魚寝するのが当たり前でしたがプライベートを確保しました。労働も必要な部分は手作業で行いつつ、可能な工程をオートメーション化することで、女性も酒造りに参加しやすくしました」。

さらに特筆すべきは流通の改革だ。

「結局、良いお酒を造っても流通過程で気を遣ってもらえないと、品質は劣化します。そこで1989〜1990年頃、うちの商品を預けるお店を絞ることにしたのです。冷蔵庫で日本酒を保管してくれるということが絶対条件。さらに日本酒に愛があって、目利きができるプロが常駐している店にしか卸さないと決めました」。残念ながら、そのような条件の酒販店は限られているため、売上は半減。以前の数字に戻るまで5年間、我慢の時期が続いた。

「それでも、日本酒の質にこだわり、本来のおいしさをお客さまに感じてもらえなければ、日本酒の未来はないというのが父と私の意見でした」。

ESHIKOTO

2022年6月オープン。利用は20歳以上から。レストラン棟にはレストラン『アペロ&パティスリー アコヤ』の他、<黒龍酒造>の酒ショップ『石田屋 エシコト店』が併設されている。敷地内には、イベントスペースにもなる貯蔵セラー『臥龍棟』もあり、設計は、明治時代に日本建築の礎を築いたイギリス人建築家ジョサイア・コンドルの曽孫、サイモン・コンドルが手掛けている。また、2024年11月26日にはオーベルジュ『歓宿縁 エシコト』が開業予定。●福井県吉田郡永平寺町下浄法寺12‐17 水曜、第1・3・5火曜日休。
https://eshikoto.com/

日本酒は戦後のライフスタイルの変化を含む、様々な理由から国内消費が減っており、それに伴い、全国の酒蔵も減少。1955年には清酒製造免許場数 が4021軒だったのが、2022年には半分以下の1536軒にまで減ってしまった(国税庁データ)。そんななか品質にこだわった〈黒龍酒造〉は1990年から売上を10倍以上に伸ばし、日本を代表する酒蔵として、日本酒業界を牽引している。現在、同蔵における最新のチャレンジが、ラグジュアリーな酒蔵ツーリズムの提供だ。

同酒造がある福井県吉田郡永平寺町は人口17,689人(2024年8月時点)。田園広がる里山の精神的支柱には、1244年に建立された曹洞宗大本山永平寺という禅宗寺院があり、毎年、約50万人の観光客が訪れる。さらに2024年春、北陸新幹線が福井駅まで延伸した。そこで観光客のさらなる増加、とりわけ宿泊客数を伸ばし、富裕層を誘致するため、福井県など行政からの後押しもあり、水野が立ち上がったのだ。

九頭竜川に面する約3万坪の敷地に2022年6月、福井県の酒食と文化の発信施設〈ESHIKOTO(エシコト)〉をオープン。さらに今年2024年11月26日にはオーベルジュ〈歓宿縁 ESHIKOTO〉も開業予定だ。露天風呂とテラス付きのヴィラを一棟貸しするスタイルで、食事はミシュラン一つ星を獲得した店主が同じ敷地で営む〈日本料理 えん〉など3店が提供する(1泊2食付き¥149,000〜/1人)。食材や器や家具などの工芸品は福井県産を中心に石川県や富山県も併せた北陸3県のものを扱う。

「海外のお客さまからしたら、福井県も富山県も関係ないんです。魅力的な土地を旅したいだけ。首都圏や関西には黙っていても人は行きますから、〈ESHIKOTO〉を起点にまだまだ知られていない北陸を回ってほしいですね。おいしい日本酒もお店もたくさんありますから」。

インバウンド客へのアンケートから訪日中、「日本酒を飲んだことがある」人は83.4%。「日本酒の酒蔵に行ったことがある」も6割を超える結果が出ている(2017年の〈NTTコム リサーチ〉と実践女子大学による共同企画調査)。今後、〈ESHIKOTO〉を皮切りに本格的な酒蔵ツーリズムのブームが起こるに違いない。

樹齢200年の地元の杉材を使用したカウンターも備えたイベントスペース。その反対側に日本酒セラーがある。

長期熟成タイプのスパークリング日本酒。

水野直人(みずの なおと)

1964年、現・福井県吉田郡永平寺町にて、〈黒龍酒造〉七代目蔵元正人の長男として生まれる。東京農業大学醸造学科卒。〈協和発酵(当時)〉での勤務後、フランスを中心にヨーロッパ各地でワインの流通やツーリズムに触れ、1990年に〈黒龍酒造〉入社。父と共に2005年より代表取締役、八代目蔵元に就任。2022年6月に同じく水野が代表を務める<石田屋二左衛門株式会社>が運営する食と文化の発信施設〈ESHIKOTO〉オープン。同敷地内に2024年11月26日オープン予定のオーベルジュ〈歓宿縁 ESHIKOTO〉のプロデュースを手がけるなど、日本酒による町おこしにも力を入れる。

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