May 30, 2025

“美食の地”として注目される富山県を象徴するシェフ。

ライター:寺尾妙子

ジビエや山菜など、富山県のシェフたちに“山のもの”を卸している生産者、石黒木太郎とともに、タラの芽やアサツキなどを採りに山に入る田中シェフ。

毎年「Destination Restaurants」に選出される 10 店の中から、その年を代表する 1 店である「The Destination Restaurant of the Year」には、交通の便にもさほど恵まれず、震災や風評被害など、厳しい環境下で生産者や食材と向き合う、壮大なストーリーをもつレストランが選ばれる傾向が強かった。だが、今回「The Destination Restaurant of the Year 2025」に選ばれた『ひまわり食堂 2』は JR 富山駅から徒歩 10 分の好立地にあり、畑も牧場もやっていない。受賞を知った田中は「僕でいいんですか? ほかのシェフみたいに生産者とそこまで深い関係もないですよ」と戶惑いを見せていたが、実際には山菜を摘み、ジビエを狩る生産者と密にやり取りをし、農家に富山県ではまだ珍しいイタリア野菜を新たに作ってもらうこともある。

ただ、田中が謙遜するほど、富山県のシェフたちの食材への取り組みや食との向き合い方のレベルが高くなっているのも確かなのだ。昨年、審査員の1 人である辻芳樹が「Destination Restaurants」について「これは料理人だけを称えるものではなく、地域に根ざしたシェフたちを表彰すると同時に、その地域特有の美食を称えるものだ」と語っているが、富山県は「Destination Restaurants」第 1 回目の 2021 年に『レヴォ』、そして 2025 年の『ひまわり食堂 2』と 5 年で2 軒も「The Destination Restaurant of the Year」を輩出しており、全国でも屈指の“美食の地”としての地位を確立しつつある。筆者は、これまで仕事とプライベートでそんな富山県の様々なジャンルの店を訪れているが、その先々でシェフたちから「すごくいい」と『ひまわり食堂 2』を賞賛する声を聞いてきた。

いつも笑顔の田中シェフ。料理の独創性とともに、その人柄もシェフやゲストから愛されている。
PHOTOS: TAKAO OHTA

そのオーナーシェフ、田中穂積の経歴は一風変わっている。富山市で生まれた田中は⻑らく、料理とは無縁の人生を送る。

「20代は建築関係の仕事でお金を貯めてはヨーロッパを放浪していました。自炊をしながらの貧乏旅行だったのですが、卵をレンジに入れて爆発させるほどの料理音痴。当時は各国の歴史や建築、美術という文化に興味があって、食には無関心でした。それが 22 歳のとき、フィレンツェのトラットリアで食べたビステッカのおいしさに感動して、食も文化なんだと気づいたんです。同時に、食には人を喜ばせる魅力があるんだと感じたことも料理人を目指すきっかけになりました」(田中)

立山連邦のお膝元、富山県の山間では4月になってもまだ雪が残る。だからこそ、山が一斉に芽吹く春が待ち遠しい。

その後、母の他界を経て、27 歳になった田中は料理人になるべくイタリアを目指す。

「でも、結局、イタリア語を話せなかったので働けず、富山に戻るのですが、富山ではどこで働けばいいのかわからなかったので、3 日後に上京して都内のイタリアンレストランで約 10 年間、働きました。当時、⻄麻布にあった『リストランテ テラウチ』で学んだ炭火焼の技法は今も僕の料理のベースになっています」。

ある日のメインは炭火でグリルした地元の銘柄豚、おわらクリーンポークのロース。焼きっぱなしの肉に素揚げしたタラの芽を添えただけ。シンプルであるがゆえに技術とセンスが際立つ。また、田中が作る料理には富山県産の魚や野菜とともに、山菜やジビエなど山の恵みも登場する。

清らかな水が流れる山の斜面に自生する山葵の葉を摘む。山葵は春に白い小さな花を咲かせる。

「この店のスーシェフを務める石黑楓子の実の兄である木太郎氏がとる山菜や鹿を分けてもらっていますが、僕の店では山の食材を特に売りにはしていないんです。それは富山の本当の山奥に店を構える『レヴォ』の看板食材だと思います。富山県を訪れる観光客には県内のいろんな店を回られる方も多いですから、他の店と被らない食材や料理を出したいと思っています」。

他のシェフに対して、どこか一歩引いた姿勢を見せる田中に対し、審査員たちから「天性の才能をもつ料理人。今回のアワード受賞をきっかけに、もっと自覚をもって表に出てほしい」との声も聞かれた。だが、ちょうど、移転してキッチンも広くなり、最新の調理器具も置けるようになった。「やれることが増えて、料理の幅が広がってきました」と田中が語るように、『ひまわり食堂』はシーズン 2 に突入して新たな展開を迎えたばかり。クライマックスはこれからだ。

現役ハンターである石黒木太郎の拠点である、ジビエ専門の食肉処理施設にて。

田中穂積(たなか ほづみ)

1975 年、富山県富山市生まれ。鳶職人など、建築関係の仕事を経て、ヨーロッパや北アフリカを放浪。帰国後、27 歳で料理人を志し、上京。『テラウチ』など、都内のイタリアンレストランで修業を積み、イタリアで 1 年半腕を磨く。2012 年、富山市に I ターン。2013 年、同市にアラカルト 6 割、コース 4 割のカジュアルなイタリアンレストラン『ひまわり食堂』を開く。2024 年 3 月末、場所と店名を改め、内容もイタリア料理をベースにしたガストロノミーなレストラン『ひまわり食堂 2』をオープン。客席を 8 席に絞り、¥18,000 のおまかせコース 1 本でゲストをもてなしている。

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