June 27, 2025
名曲『イマジン』と、世界平和への思いが込められた博覧会。
1978 年生まれ、慶応義塾大学医学部教授。専門はデータサイエンス。科学を駆使して社会変革に挑戦し、現実をより良くするための貢献を軸に研究活動を行う。行政や経済団体、NPO、企業などとも連携し、新しい社会ビジョンを描く。2025年、日本国際博覧会(大阪・関西万博)のテーマ事業「いのちを響き合わせる」を担当。シグネチャーパビリオン「Better Co-Being」では様々なアートインスタレーションをアーティストと共創している。
2025年4月13日から10月13日までの半年間、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げ「大阪・関西万博」が開催されている。開催前は会場建設費のコスト高騰などの批判が巻き起こっていたが、開幕してみれば入場者数は約2か月間(4月13日~6月12日)で累計640万人を超え、会場内のパビリオンの多くに予約が殺到、入場に行列ができている状況だ。そんな万博でもっとも多くの話題に上がり続けているのが、万博の目玉でもある「大屋根リング」だろう。
大屋根リングは日本の神社仏閣などの建築に使用されてきた伝統的な技法に現代の工法を加えて作られた全周約2km、高さ12mの世界最大級の木造建築である。万博の会場デザインプロデューサー、建築家・藤本壮介はこの大屋根リングをつくった意味について、どのような文化圏のどのような世代の人がリングの上から会場を見ても、ひと目で「いま世界がそこに集まっている」「多様な世界は繋がることができる」という万博の意義とメッセージを直感できる、と語っている。海外158か国の展示はすべてこのリング内に収まり、それはあたかも小さな地球がそこにあるかのようだ。大屋根リングの上は、来場者が自由に歩くことができるスカイウォークとなっていて、ぐるっと一周したり、芝生に寝転がり会場全体を見渡すこともできる。南の方向に視線を移せば大阪湾を通じて、海、すなわち実際に世界とつながっていることがわかるだろう。その景色は圧巻だ。世界はひとつ、ということが、目で見て感じられる仕掛けになっているのだ。
そんな万博会場を作り上げるにあたって、藤本の頭の中には、大屋根リングの計画段階から名曲『イマジン』のイメージがあったと語るのは、藤本と会場のプランを共に練り、日本政府のシグネチャーパビリオンのひとつ「Better Co-Being」のプロデューサーの、慶応義塾大学医学部教授・宮田裕章だ。
「『イマジン』だけが着想の源というわけではありませんが、でも、藤本壮介さんは万博に関わる前からジョン・レノンとオノ・ヨーコのこの曲に影響を受けてきたと話しています。『イマジン』の歌詞の中に『僕たちの上には ただ空があるだけ』という箇所があるのですが、藤本さんと僕のなかには未来を創造しながら共に歩んで眺める『ひとつの空』という概念がありました。日常でもふと空を見上げることがありますが、万博会場ではこのリングの上から1万人もの人たちが同時に空を見上げることができます。これはまさに“今、ここに集っている”ということを象徴するシーンで、それは大屋根リングを作ったからこそ、実現できたことなのです」と宮田は語る。
その大屋根リングの中心部に位置するのが、宮田が手掛けるパビリオン「Better Co-Being」に隣接する「静けさの森」だ。「森」は北海道の自然豊かな土地で育った建築家・藤本にとって、原風景であり、これまでの創造を支える核として彼の建築作品のなかで形を変えて具現化されてきたものだ。この小さな森は1970年に開催された大阪万博の跡地を整備した大阪の千里丘陵にある万博記念公園を含む、大阪府内の公園などから間伐することになっていた樹木を約1500本移植して作られている。
「藤本さんとディスカッションしながら会場の中心に『森を作ろう』という話になったんです。円形の建築は昔でいえば、城塞都市に代表されるように、内側と外側を切り分けて、内部にセーフティゾーンを作るものであったと思います。でも、この大屋根リングという円は、どこからでも内部にアクセスできるようになっていて、その中に木々や土を持ち込んだことで、新たな生態系が生まれる『静けさの森』ができました。その森の中には円形の池があります。その池の南北にオノ・ヨーコさんの丸い穴を掘ったアート作品があります。つまり、リングの中に「円」が入れ子状にあり、それぞれの円が共鳴し合う構造になっているのです」(宮田)
PHOTOS: KOUTARO WASHIZAKI
Better Co-Being
万博会場中央「静けさの森」の一角にある、屋根も壁もないパビリオン。プロデューサーは宮田裕章、建築はSANAA(妹島和世+西沢立衛)。今回の万博のテーマ事業「いのちを響き合わせる」を踏まえ、今、大きな転換点にある時代の中で、新しい世界を共に創る体験を提供するパビリオン。資源を奪い合うのではなく、未来にむけていかに分かち合うか? 境界を引くなかで分断されるのではなく、一人一人を尊重しながらどうつながるのか? 人と人、人と自然、人と世界など、つながりとその共鳴を、来場者に感じ考えさせる。屋外に「共鳴」をテーマにしたアート作品が配置され、塩田千春、宮島達男、宮田と写真家・映画監督の蜷川実花を中心とするクリエイティブチームEiMによるインスタレーションを巡る仕掛けになっている。
「静けさの森」はオープンスペースで、誰もが散策を楽しみながらアートに触れることができる場でもある。大阪・関西万博のテーマ、「いのち輝く未来社会のデザイン」に沿ったアート作品が置かれ、関連したパフォーマンスなども開催される。
オノ・ヨーコの円形の作品「Cloud Piece」(雲のかけら)は、地面に空いた小さな穴をのぞき込むと穴の底に鏡があり、そこに映った空を眺めるというものだ。そのルーツは1964年に発表されたオノ・ヨーコの詩集『グレープフルーツ』に収録された「Cloud Piece」と題した詩に遡る。そこに記された「雲が滴り落ちると想像しなさい。あなたの家の庭にそれを受け止める穴を掘りなさい」という一節がある。この詩に触発されて生まれた曲が、世界中の誰もが知る1971年にリリースされた名曲『イマジン』だ。争いのない社会と平和の実現への思いを込めたこの曲は、2017年にはジョン・レノンとオノ・ヨーコの共作ということとなった。つまり、万博会場の中心には「静けさの森」があり、その傍らには『イマジン』のルーツとなったオノ・ヨーコの作品がある。そして、その作品の『ひとつの空』を眺めるというコンセプトを具現化した「大屋根リング」が、万博会場にはそびえたっている。そしてこのリングの上から皆で空を眺めるのである。
宮田が手掛けたパビリオン『Better Co-Being』は万博会場でも異彩を放っている。特筆すべきは、今回の万博の中で、唯一屋根のついていない屋外型のパビリオンだという点だ。
「空は国境がなく、誰にも占有されない共有地で、未来のメタファーでもあります。僕が手がけたパビリオン、『Better Co-Being』はお互いの差異を認めたうえで『同じ空』を共有するための空間です。建築ユニットSANAA(妹島和世+西沢立衛)が設計した格子状のキャノピー(天蓋)はあるものの、一切の壁がなく、光や風、雨すらも受け入れる場所。そこに、さまざまな命があり、多様なものを受け入れ、新しい価値観を生み出すんだというメッセージを込めています」(宮田)
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