October 06, 2026
郵便局のユニバーサルサービスを探る「配達員が届けるのは大切な一通と思いやり」
第1回:愛媛県の離島、中島を訪ねる

日本全国で誰もが公平に、郵便、貯金、保険といったサービスを利用できるようにする―それが郵便局のユニバーサルサービスだ。どんな場所にも、大切なその一通を確実に届ける。全国津々浦々で、日々業務にあたる郵便局員の姿を3回シリーズで伝える。第1回は、瀬戸内海に浮かぶ愛媛県の離島、中島を訪ねた。

郵便局は離島に欠かせない生活インフラ
海に囲まれた四国には600を超える島々が点在し、その多くが瀬戸内海に位置している。そのうち人が暮らす島は59あり、その一つが、愛媛県松山市の沖合約10キロにある人口約1900人の中島だ。全国有数の柑橘の産地で、初夏には、さまざまな柑橘の花の甘く爽やかな香りが島全体を包み込む。

この島には中島郵便局、吉木郵便局、中島粟井簡易郵便局の3つの郵便局がある。うち中島郵便局は、貯金、保険といった金融と郵便、双方のサービスを提供している。2022年には島にあった銀行の支店が閉鎖され、ATMを備える農業協同組合(JA)が残るだけだ。そのため、郵便局は中島のような離島で暮らす人々にとって、欠かすことのできない生活基盤となっている。全国どこでも同じサービスを提供する郵便局のユニバーサルサービスのあるべき姿がここにある。
朝一番のフェリーで郵便物が島へ届く
中島宛の郵便物は月曜日から金曜日の週5回、松山市の管轄郵便局からフェリーを利用して運ばれる。中島へは松山市の三津浜港から約1時間20分。フェリーは1日5便で、普通郵便物を運ぶのは朝一番の便だけだが、荷物の「ゆうパック」は、朝、昼、夕方の1日に3回運ばれている形だ。

フェリーが中島に到着すると、郵便物を積んだ車は港近くの中島郵便局へ。ここで配送業務に携わる5名が郵便物の荷下ろしを始める。その中の一人が、唯一の女性配達員の濱崎木実さんだ。

濱崎さんは島民宛ての郵便物等を自分の配達順に従って手際よく仕分けていく。島へ届く荷物には、日用品や農業資材など、住民の暮らしに欠かせない品も多い。だからこそ、その日に届いたものは何があっても当日中にすべて届けるようにしている。「島の皆さんの暮らしを支えているのだと、心から実感します」と話す。
普段は穏やかな瀬戸内海だが、台風などの荒天時にはフェリーが欠航することもある。そんな時は、翌日に2日分の郵便物等が届き、その日のうちに配達しなければならない。「時間との勝負になります」と濱崎さんは苦笑いする。また、同じ忽那諸島にある怒和島(ぬわじま)の神和郵便局へ中島郵便局の経験ある局員が月に数回、配達応援に行くこともある。濱崎さんも今後、配達ルートを覚えてサポートできればと言う。

細い道をバイクで回り、時には歩いて配達する
島には車では通れない狭い道が多いので、最大積載量60キロの赤いバイクも大活躍だ。細い道ではバイクを止めて歩いて郵便物を届ける。
取材に訪れた日、バイクに乗った濱崎さんが向かった配達先の一つが、柑橘農家の俊成 定志さんの自宅だ。青々と茂る柑橘の木々に囲まれた細い上り道をバイクで進んでいく。畑仕事をしていた俊成さんは、顔なじみの濱崎さんに気づくと満面の笑みを浮かべた。菩提寺から届いた暑中見舞いのはがきを受け取り、二人はまるで父娘のように笑顔で言葉を交わす。一通のはがきと一緒に、地域を見守る優しさも届けている。


俊成さんは、紅まどんな、甘平、せとかなど、栽培にも配送にも細心の注意が必要な高級な柑橘類を育てている。「収穫した柑橘を毎年、箱詰めにして島外のお客さまへ送っていますが、これまで苦情を受けたことは一度もありません。郵便局が丁寧に扱ってくれるので安心して任せられます」と、島に郵便局があることの有難みをしみじみと語った。
島民の暮らしを守り続けたい
濱崎さんが配達員になったきっかけは、島で収穫された柑橘の出荷を扱う短期のパート勤務だった。冬の収穫期には、多くの農家が箱詰めした柑橘を島外へ発送する。そのため、郵便局には専用の発送窓口が設けられる。「窓口で働きながら配達員の仕事ぶりを見て、郵便物がどのように届けられるのかを知りました。大変そうだと思う一方で、島に貢献できる仕事だと感じ、私もやってみたいと思ったんです」と振り返る。
日本の多くの地方自治体と同様、中島でも人口減少が続いている。一人暮らしの高齢者も多い。濱崎さんは配達で島内を回る際、郵便物がたまっていないか、最近姿を見かけない高齢者はいないかといったことにも自然と目を配る。
中島の魅力は美しい海、星空、そして澄んだ空気だと話す濱崎さん。「柑橘の収穫期になると、島全体がオレンジ色に染まり、熟した果実の香りに包まれます」。一年を通してバイクで島中を走り、中島の豊かな自然を肌で感じている。「仕事は楽しいし、ここで皆さんと触れ合い、仕事を通じてその暮らしを支えられることをうれしく思います。できるだけ長く、この仕事を続けていきたいです」と笑顔で語った。






