January 31, 2025
【カインズ】くらしにDIYを広げ、地域共創の成長を目指す
カインズの事業戦略のキーワードの一つがDIYだ。それはカインズがホームセンター最大手だからだけではなく、経営の哲学とブランドコンセプトがこの言葉に根差しているからだ。
「DIYをいわゆる昔の日曜大工というふうに捉えるのは狭義のDIYだ。くらしを楽しくするように能動的に動くことや、料理やアウトドア活動など心地よい時間を過ごすこともDIYと広く理解したらいいのではないかと思っている」とカインズの土屋裕雅会長は経営共創基盤の木村尚敬パートナーとのインタビューの中で述べた。そして、この広義のDIYの考え方を、カインズはブランドコンセプト「くらしDIY」としている。
先進的な経営は、カインズのビジネスの主要な原動力であり、売上高をホームセンター業界のトップに導いた。2024年2月期末時点でのカインズの売上高は5,423億円だった。
カインズは長い歴史の中で進化してきた。1958年に土屋氏の父である土屋嘉雄氏が群馬県伊勢崎市に創業した服地店「いせや」が発祥である。いせやは1978年にホームセンター1号店をオープンし、後にカインズなど30社で構成するベイシアグループとなった。また、カインズや作業服のワークマンなど、独自の事業を分社化することで進化を遂げてきた歴史もある。2020年にはグループ全体の売上高が1兆円を超えた。
1989年、いせやはホームセンター事業をカインズとして分社化し、2002年に土屋氏が社長に就任すると、改革者として知られる土屋氏は自社ブランドにフォーカスしたSPA(製造小売業)を導入した。SPAは、小売業が製造から販売まで携わるビジネスモデルを意味し、ホームセンター業界では珍しい例だ。
2019年、日本の機械部品メーカー・商社、ミスミグループの社長を務めていた高家正行氏がカインズ社長を引き継いだ。それ以来、高家氏はカインズのさらなる改革を推進してきた。会長に就任しベイシアグループも統括する土屋氏とともに小売業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を宣言し、EC(電子商取引)サイトのリニューアルや他社からのデジタル専門家の採用などを行った。また、2022年には都市型雑貨店を展開する東急ハンズ(現ハンズ)を東急不動産ホールディングスから買収するなど、M&Aも積極的に進めた。
2021年、カインズは事業を通じて店舗のある地域社会に貢献する取り組みを強化するために「くみまち構想」をリリースした。29都道府県の240を超える店舗が、市民・地域産業・自治体など様々なステークホルダーと強固な関係を築き、持続可能な地域社会(まち)の構築にに貢献することを目指している。
くみまち構想は、商業を通じて人を育て、地域を豊かにするという創業来の志にも通じるものがあると土屋氏は語る。この計画は防災・災害対応、地域産業振興、環境、教育・子育てなど15の領域を課題として掲げている。例えば、カインズの店舗は、防災・災害対応センターとしての役割を担っている。大地震や台風などの自然災害が発生した場合には、生活必需品の提供や避難スペースとして利用できるようにするなど住民の支援を図っている。
また、地元の農産物や手工芸品などを販売する「くみまちマルシェ」も開催し、生産者と消費者の交流を深めている。
教育面では、カインズは、例えば防災環境問題などを学ぶための教育プログラムを開発し、店舗で講座を開いている。
環境分野では、カインズ店舗の屋上屋根に設置した太陽光パネルでの発電、再エネ電力・CO2クレジットの購入などを進め、2025年までにカーボンゼロという目標達成に向けて取り組んでいる。また、一般生活者が資源ごみや不用品を持ち込んでリサイクルできるよう店舗を「まちのサーキュラーステーション」にしていくことも目指していると土屋氏は述べた。
幸いなことに、この数十年でDIYの注目度は高まっていると土屋氏は言う。DIYという概念が発祥しホームセンター大手ホーム・デポが繁栄したアメリカとは異なり、カインズが創業した頃の日本では、DIYとは住宅設備を「修繕する」ことだと一般的に受け止められていた。しかしそれ以来、概念は大きく変わった。特に新型コロナウィルスが蔓延し、人々が家で過ごさなければならなくなった際には、有名人が家具を作ったり部屋を改装したりするテレビ番組も放映されてDIYの人気が高まった。「今では、大型店舗のほとんどにDIY工房があり、お客様向けにDIYの方法を教えている」と土屋氏は述べ、自宅で「CAINZ TV」の動画を視たり、ウェブマガジン「となりのカインズさん」などで学ぶことによってDIYを気軽に始められるようになったことも指摘した。
しかし、最近のDIYの人気にもかかわらず、ホームセンター市場はほぼ飽和状態にある。経済産業省によると、同市場の売上高は、コロナが発生した2020年の3兆4,964億円をピークに、ここ数年は3兆3,400億円から3兆3,900億円の間で推移している。
過去数十年の間に、ホームセンター企業の数は徐々に減少してきたが、カインズのように地方で創業し、その後全国展開する大企業になった例も増えた。この状況はホームセンター市場に激しい競争を引き起こしている。
ホームセンター事業がさらに成長するかどうかは、専門家向けの商品開発がどれだけ展開することできるかにかかっていると土屋氏は話す。もう一つの鍵は海外市場だと言う。
長期的には、ベイシアグループはさらなる成長に向けた「ハリネズミ経営」を継続すると土屋氏は述べた。ハリネズミを覆う針のように、グループ内に例えばワークマンやハンズのような尖った企業や事業を増やしたいと話す。
「どこにでもあるような会社や業態が多くてはあまり意味がない。どうせやるならその道でここしかできないことをやれる会社がたくさんある方がいいのではないかと思っている。ハリネズミが遠心力で針を伸ばしていくための武器を与えるのが弊社グループなのだという位置づけになりたい」と土屋氏は話した。
Naonori Kimura
Industrial Growth Platform Inc. (IGPI) Partner
DIYの精神で、くらしをつくる、まちをつくる
カインズをカインズたらしめている所以はDIYの精神にある。
他社に先駆けてSPA化を推進し、ホームセンター業界において確固たる地位を築き上げられたが、それは業界内の競争優位性の獲得という面に留まらず、人々に対し「くらし」そのものを主体的にDIYする機会を提供するというカインズ固有の企業価値の基盤ともなっており、プロミス(お客様への約束)の「くらしに、ららら」にもその精神が反映されている。小売業のSPA化の進展やECの普及により競争は激化しているが、商品(モノ)を売るだけではなく、アイデアの創発を含めた機会(コト)の提供を重視してきたことでリアル店舗の強みを生かせていると感じた。
カインズの更なる先見性は、DIYの精神を地域の発展や課題解決にまで拡張した「くみまち構想」にも表れている。店舗をハブとして地域産業の振興や共創を促進し、総合的な防災拠点として地域のライフラインにもなり、地域単位でのカーボンゼロやサーキュラーエコノミーの実現に向けた推進機能をも担う、という壮大な取り組みだ。
カインズはホームセンターの枠を超え、地域社会の継続に不可欠な存在へと進化しつつある。カインズを核とした魅力溢れる「まち」が日本各地に現れ、社会全体を活性化する- その様な未来を期待してやまない。