December 18, 2025
水と生きる サントリー、水素活用で次の一歩へ
Translator: Tomoko Kaichi

国内最大規模のグリーン水素製造設備の設置が完了し、10月11日に実証開始式典が開催された。山梨県と飲料大手サントリーホールディングス株式会社を含む10社が共同で建設したもので、再生可能エネルギーを使って水を電気分解し、グリーン水素を製造する。実証地は「グリーン水素パーク-白州-」と命名され、隣接するサントリー天然水南アルプス白州工場への供給が始まった。
水素製造設備は「やまなしモデルP2G(Power-to-Gas)システム」を利用する。24時間365日稼働した場合、年間2,200トンの水素を製造する能力を持ち、二酸化炭素(CO2)排出量を年間1万6,000トン削減できる。将来的にサントリー白州蒸溜所への供給も視野に入れている。
日本では2017年に世界初となる国家水素政策「水素基本戦略」が策定されて以来、水素は脱炭素社会の切り札の一つとされてきた。官民連携で供給網づくりが進む中、サントリーも自社だけでなく社会全体の脱炭素化に向け、幅広いステークホルダーとの協働の可能性を探ってきた。
同社は2050年までにバリューチェーン全体で温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指す「環境ビジョン2050」を掲げている。サステナビリティ経営推進本部長の藤原正明常務執行役員は、水素活用がビジョンの域を超える成果をもたらし得ると見る。
水素利活用の中長期計画の一環として6月に公表した「サントリーグリーン水素ビジョン」では、水素をコーポレートメッセージ「水と生きる」とつながるクリーンエネルギーとして位置づけた。

飲料を中心とする消費財メーカーのサントリーにとって、水は事業活動の生命線だ。藤原氏は「水素は水から生まれ、水に還るエネルギー源であり、水素の可能性を生かして広げることで水素社会の実現に貢献したい」と話す。
今回のプロジェクトは、山梨県の水資源と再生可能エネルギーを生かした地産地消型の供給網づくりが特徴だ。幅広い産業から必要な専門知識や中核技術を持つ企業が参画し、例えば繊維メーカーの東レ株式会社は水素生成に欠かせない高分子膜を供給している。
藤原氏は「山梨県が非常に重要な役割を果たしてきた」と強調する。「潤沢な水資源や日照量を生かした再生可能エネルギー発電に早くから注力し、独自の水素戦略を打ち出してきた。自治体の強いリーダーシップが事業を支えている」と評価。こうした自治体との信頼関係が、プロジェクトの安定した前進につながっているという。
サントリーグリーン水素ビジョンのフェーズ1(2025年)では、やまなしモデルP2Gシステムで製造したグリーン水素の自社拠点での利活用を開始する。天然水白州工場で水素ボイラーを稼働させ、飲料水の熱殺菌工程に用いる。白州蒸溜所ではウイスキー製造で特徴的な「直火蒸溜」の熱源にグリーン水素を使うことを検討しており、蒸溜工程の脱炭素化の象徴的な取り組みとして注目されている。
藤原氏は、山梨県内で実施する同社の水源涵養活動「サントリー 天然水の森」で涵養された地下水を汲み上げ、県内でつくられた再生可能エネルギーで電気分解してグリーン水素を製造、県内産業に供給・販売する仕組みを「完全な地産地消モデル」と説明する。天然水の森は現在、山梨を含む16都府県26カ所へ広がっている。
太陽光発電では、時間帯や天候によって需要と発電量のタイミングがずれて余剰電力が生じることがある。これを水素製造に回せば、再生可能エネルギーの効率的活用にもつながる。

藤原氏は今回の実証で得られるデータについて、グリーン水素の収益性を評価し、将来の商用化に向けた適正価格の検討に不可欠だと語る。
2027年に始まるフェーズ2では、パートナーとともにグリーン水素の製造から販売まで一気通貫のバリューチェーンを構築し、取り組みの対象を社外にも広げる計画だ。販売先は山梨県内だけでなく東京都内も想定している。

将来は白州の自社施設での多様な用途に水素を活用する方針で、モビリティ分野では燃料電池の物流トラックや施設内シャトルバス、フォークリフトなどでの利用を検討する。中部圏水素・アンモニア社会実装推進会議の枠組みを活用して官民連携を推進し、愛知県知多市と自社の知多蒸溜所への供給や、兵庫県高砂工場での2030年代前半の導入に向けた検討も進めている。
水素利用を拡大するには、販売や物流の仕組みも欠かせない。サントリーはガス製品・サービスのトータルソリューションに強みを持つ株式会社巴商会と提携し、この課題に取り組む。
藤原氏は、水素そのものの新たな価値創出にも意欲を示す。「水素は抗酸化作用が高いとされ、それを生かした新商品開発の可能性がある」。調理用熱源としても、水素は都市ガスより高温で燃焼し、水蒸気が発生するため食材の水分を保てると話し、こうした付加価値を市場に伝えることで普及が進むとみる。「市場開発を通じ、水素の新たな需要を創出していきたい」と意気込む。また、水素の製造や流通にとどまらず、市場づくりや新製品とサービスの創出には異業種との広く深い連携が欠かせないと強調した。
サントリーはエネルギー産業界では「門外漢」だ。生活者に近い消費財メーカーだからこそ、エネルギー転換の現状を社会に伝え、新エネルギーへの社会的関心を高める役割を担えると、藤原氏は考えている。





