October 30, 2026
【mano】軽井沢の山の恵みを、薪火料理で表現する一軒。

PHOTOS: TAKAO OHTA
東京から新幹線で1時間強の軽井沢はもともと別荘族や観光客に人気のリゾート地だ。だが、近年は「食」を求めて訪れる人も増えている。ジャパンタイムズが主催する「Destination Restaurants」に2023年に選出された『NAZ(ナズ)』に続き、今年選ばれた『mano(マノ)』などが、その目的地になっているのだ。

『mano』は2024年7月、観光客で賑わう中心街から少し離れた、自然豊かな南軽井沢にオープンした。場所は湖を中心に広がる別荘地「軽井沢レイクニュータウン」の一角にある。席数はカウンター8席。その奥では薪が炎を上げて燃えている。幼少時に家族で行ったキャンプがきっかけで薪火料理に目覚めたというオーナーシェフ、西本竜一が熱源に薪火を選んだのは自然な流れだった。
約10年前からスペイン・バスク地方のレストラン『アサドール・エチェバリ』をはじめ、薪火で調理をするレストランが注目されているが、薪火の使い方は店によって異なる。
「薪火といっても、熾火を使う店が多いですよね。炎が出なくなるまで薪を燃やして、遠赤外線効果がある熾火になった状態で調理をした方が、火力が安定するので使いやすいんです。でも、僕は火をつけた直後から、できるだけすべての熱を使いたい。だって、熾火になるまでの火がもったいないじゃないですか」と西本は熱弁を振るう。


コース10品目「Arroz con boletus y pollo y gambas」はいわゆるパエリア。きのこや甘エビ、鶏などの旨味が濃縮。
西本は静岡県で生まれ育ち、大阪市にある辻調理師専門学校を卒業後、同市のスペイン料理店で働き、その後、スペインへ渡り、薪火料理の技術を身につけた。帰国後は北軽井沢を拠点に、林業から観光業まで一貫した循環型のビジネスを行う会社に勤務し、森の環境や薪についても学んでいる。そのうえで自分なりの薪火料理を追求しているのだ。
西本は火持ちがよいナラに加え、火力が強いカラマツ、2種類の薪を使い分けて素材に火を入れていく。素材は主に近隣でとれたものだ。地元の伝統野菜である佐久古太きゅうりや岩魚のように、生産者から購入するものもあれば、西本自ら、川で獲った魚や山で採った山菜が使われることもある。秋は西本やスタッフが北アルプス山麓に入って採取した色とりどりのキノコが主役となる。西本は独立前、長野県白馬村のレストランでスーシェフをしていた時代に、80代のキノコ採りの名人に頼み込んで弟子入りをし、キノコの見分け方はもちろん、採れる場所や食べ方についても教わったという。週に数回、朝から数時間かけて調達された山の恵みは、まさにご馳走である。

その結晶ともいえる一品が¥17,600(税込)コースに登場する「きのこ 卵黄」だ。ある秋の日にはヤマドリダケ系のキノコだけでも6種類、さらにオオイチョウタケ、タマゴタケ、ウスムラサキホウキタケなど全部で13種類ものキノコが使用される。生の状態では脆いキノコを、蒸すことで崩れにくくしてから薪の強火で仕上げる。それぞれがもつ旨味の素、アミノ酸が混ざり合うことで旨味が何倍にもなるひと皿だ。その味わいは採れるキノコの種類によって毎回変わる。まさに、その日そのときの山の味なのだ。


長野県(イノベーティブ/薪火料理)
mano
長野県北佐久郡軽井沢町発地553-3
https://www.instagram.com/mano_karuizawa/
晩秋から冬にかけてはジビエがコースの顔となる。前菜からデザート、最後のハーブティーまで、年間を通して山の恵みが盛り込まれるなか、薪火ならではの薫香を、あるものには軽やかに、あるものには強くまとわせ、コースにアクセントをつけていく。薪は熱源であり、調味料でもあるのだ。西本は料理を作る手法も食材も可能な限り、プリミティブであることを目指す。夏鹿に添えられたソースが、何かの出汁をベースにするでも、ワインを加えるでもなく、単に熟したブルーベリーをなめらかなペーストになるまで叩いただけのものであることからも、それは示唆される。
「だから、イノベーティブというジャンルにくくられるのは抵抗があるんです」とも西本は言う。

『mano』の料理は、3歳の頃から土手や畦道で山菜を採り、怪獣図鑑の代わりに山菜図鑑に夢中になっていたという西本の生き方そのものだ。流行っているからという理由で、薪火に手をつけたわけではない。子どもの頃からやってきたこと、興味があったことを突き詰めたら、そうなっただけ。
『mano』のあり方の対極には戦後からバブル期を経て、今に至るまで、レジャーとショッピングを楽しむ消費型観光地として開発された軽井沢の姿がある。だが、『mano』はわずか8席の店であっても、土地の価値を明確に示せるレストランであれば、大型設備投資や大量雇用をせずとも、土地のブランド価値を高め、人を呼び込むことができると証明した。それは間違いなく、地域経済発展のための新たな突破口になるだろう。

西本竜一(にしもと りゅういち)
1996年静岡県生まれ。辻調理師専門学校を卒業後、大阪市のスペイン料理店に就職。その後、スペインで1年半の修業を経て、北軽井沢で林業を営む有限会社〈きたもっく〉で森や薪について経験を積む。2020年より株式会社スノーピークが手がける長野県白馬村のレストランで腕を振るい、2024年7月『mano』をオープン。





