September 30, 2026
サントリー、統合的な水資源管理に向け企業や地域と連携

熊本市とその周辺10市町村は、約100万人の住民が使う水道水のほぼすべてを地下水でまかなう日本でも珍しい地域だ。古代の阿蘇山の噴火によって降り積もった火砕流堆積物が、水を通しやすい土壌を形成した。雨水はこの土壌によって自然にろ過されながら地中深くに浸透し、ミネラルを蓄えていく。
世界的な酒類・飲料メーカーであるサントリーホールディングス株式会社が2003年、この地にサントリー九州熊本工場を建設した大きな理由も、この良質な地下水にある。同工場では地下水を利用し、同社を代表するビールやナチュラルミネラルウォーター「サントリー天然水」など、さまざまな商品を生産している。
同年、サントリーは熊本で、同社初の「サントリー 天然水の森」を開始した。現在も続くこの活動は、森林が持つ地下水を育む力を向上させ、生物多様性を守ることが目的だ。さまざまな分野の専門家と連携し、森林の特性や状態、課題を調査。中長期的な活動計画を策定し、作業道の整備や獣害対策、間伐、枝打ち、植樹などを進めている。その成果は、科学的データやシミュレーションを用いて検証する。改善すべき点を洗い出し、森林の状態を定期的に評価し直すことで、活動計画を継続的に見直しながら森林環境を維持している。
手入れが行き届かず樹木が密になりすぎた森では、地面まで日光が届かなくなり、多様な動植物が生息しにくくなる。むき出しになった土壌は硬くやせた状態となり、雨水が地下にしみ込まず河川へ流れ込むため、大雨時に洪水のリスクが高まる。

一方、植物の種類が豊富になれば、それを餌とする小動物も増え、それらを捕食する大型の生き物が集まることで、生物多様性に富んだ環境が形成される。落ち葉や動物の排せつ物は微生物によって分解され、豊かな腐葉土となる。そこに生息する土壌動物が土を耕すことで、地表には柔らかくフカフカした層がつくられ、雨水が地中深くまで浸透しやすくなる。
さまざまな植物が共存し、広く根を張る木もあれば、地中深くまで根を伸ばす木、地表近くに根を張る草もある。こうした健全な生態系は、土壌の流出や崩壊を防ぐ。自然がもたらすこの防災機能と豊富な水資源は、サントリーをはじめとする地域の事業者だけでなく、地域社会にとっても重要な資産となっている。
「サントリー 天然水の森」は、こうした環境をつくり、維持するための取り組みだ。2026年3月時点で全国16都府県27カ所に広がり、整備・保全する森林の総面積は1万2,000ヘクタールを超える。現在では、国内の自社工場で汲み上げる地下水量の2倍以上の水を涵養している。
サントリーの事業は、良質な水なくしては成り立たない。水は製品づくりに欠かせない原料であると同時に、地域社会や農業、生態系を支える資源でもある。こうした相互依存関係を踏まえて同社は、「サントリー 天然水の森」をはじめとする活動を通じ、地域のパートナーとともに水資源を守り育み、事業を展開する流域の健全な水循環を支えている。事業に必要な水を将来にわたって確保しながら、同じ流域を共有する地域社会や生態系を持続可能なものにすることを目指している。
熊本で特徴的な活動の一つが、2010年に始まった「冬水田んぼ」だ。通常、水田には5~6月ごろに始まる田植えの前に水を張る。稲の生育中は水が保たれるよう水位を細かく管理し、8月下旬から10月ごろの収穫を前に水を抜く。その後、冬の間は乾いたままになるのが一般的だ。
これに対し、「冬水田んぼ」では冬の休耕期も継続して水を張る。森林から湧き出て川となった水を、下流にある水田に引き込んで再び地下へしみ込ませ、森林以外の場所でも地下水を涵養する。さらに、地元農家や研究者と協力し、こうした水田を有機農業へ転換する試みも進めている。多様な生き物の生息環境をつくるとともに、生物多様性を高めることが害虫被害の軽減にどのようにつながるかも探る考えだ。
もう一つ新しく始まった取り組みが、耕作放棄地の湿地化だ。2026年には、「サントリー 天然水の森 阿蘇」に隣接する、耕作放棄されてきた約3,000平方メートルの水田に、近くの森林を流れる沢から水を引き、湿地として再生するプロジェクトが始まった。「冬水田んぼ」と同様に地下水涵養に有効なだけでなく、カエルなどの両生類や水生昆虫をはじめとする地域固有の生き物の生息環境をつくり、生物多様性の保全にも役立つと期待されている。このプロジェクトには地元農家や研究者も参加している。
サントリーホールディングス 執行役員 サステナビリティ経営推進本部長の浅木純氏は、水源保全や地下水を育む活動を上流域の森林だけに限定せず、より広い範囲で進めるため、多様なステークホルダーとの連携が一段と重要になっていると話す。

水を地中深く浸透させることは、土砂災害や河川の氾濫リスクを抑える効果もある。熊本では近年、集中豪雨による道路冠水が問題となっているが、その主な原因とされるのが、都市開発の加速や工業施設の拡大に伴う土地利用の変化だ。かつての畑や水田に住宅や工場が建てられたことで、雨水が地中に浸透しにくくなっている。
この課題に対応するため、2025年3月に「熊本ウォーターポジティブ・アクション」が始動した。学術界、産業界、金融界の組織が連携し、「雨庭」などのグリーンインフラを設置して開発が進む地域での水資源保全を推進するほか、より多くの主体が参加できる仕組みづくりを進めている。
雨庭とは、雨水を一時的に溜め、地中にゆっくりと浸透させるよう設計された植栽空間を指す。豪雨時に下水道へ直接流れ込む水の量を減らすことで都市型水害を緩和する、グリーンインフラの重要な手法の一つとして注目されている。

雨庭が生み出す地下水涵養の価値をクレジット化するなど、新たな金融の仕組みに関する研究開発も進められている。こうした動きを加速するため、2026年には「熊本ウォーターポジティブ・デザインセンター」が設立された。
「サントリーは『天然水の森』活動を23年間にわたって続けており、水に関する専門研究機関『水科学研究所』も社内に持つ。スペインや米国、メキシコなど海外で地域のステークホルダーと連携して水源涵養に取り組んできた経験もあり、熊本でも、多様なステークホルダーの連携を促す触媒のような役割を果たしたい」と浅木氏は意気込みを語る。
7月に熊本市で開催された「グローバル・ネイチャー・ポジティブ・サミット2026」では、浅木氏をはじめとするサントリーの関係者が登壇し、熊本での活動を含め、生物多様性の損失を食い止め、回復に転じさせる「ネイチャーポジティブ」の成果を国内外の参加者に紹介した。浅木氏によると、参加者の3分の2は産業界と金融界の関係者で、企業活動としてのネイチャーポジティブに対する関心の高さがうかがえたという。
サントリーは、水資源管理に関する国際的な認証機関「Alliance for Water Stewardship(AWS)」から最高位の「Platinum」認証を取得した日本で唯一の企業であり、2025年に始動した「ジャパン・ウォータースチュワードシップ(Japan Water Stewardship Leadership Group)」の共同創設メンバー5社の一つでもある。
「流域全体の水資源は一社だけでは守れない。JWSを通じて日本企業と連携し、知見を共有しながら互いに学び、水源保全を自社拠点だけでなく流域全体へと広げていきたい」と浅木氏は語った。





